4年生、2年生のねえねと、幼稚園児の双子っちのいるママです。アメブロで発表している小説の倉庫として使っています。お好みの物があるかわかりませんが、覗いてくださいね^^ ご感想お待ちしております!

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優しいキスは放課後に・・・ (3)これって???
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(3)これって???


 半月経ったらだいぶん学校生活にも慣れて、いろんなお友達が出来たの。もうそろそろ部活を決めようかなって思って色々な部活を渡り歩いてたの。堀川さんは吹奏楽部・・・。吹奏楽っていったら弐條さんもいるのよね・・・。堀川さんは一緒に入ってよっていってたけど、ピアノ以外した事がなかったから、気が引けてたのね・・・。弐條さん目当ての入部希望者が随分いるから、私が入ってもいっぱいすぎて弐條さんに近づけない・・・。


「源さん!ねえ入ってよ。部長は私のお兄様だから安心よ。私は中等部からやっているのよ。」


堀川さんはクラリネットをしている。やっぱり聞いていると上手いんだよね・・・。堀川さんのお兄様はサックス・・・。弐條さんは???


「綾乃ちゃんは何したいの?僕はフルートをしてるんだよ。」
「え?フルート?難しそうですね?」
「慣れたら簡単さ。楽譜読めるんでしょ。」
「はい・・・。」
「じゃあいいよな、響貴!綾乃ちゃんはうちにもらうから。」
「おい待てよ!フルートは一番希望者が多いんだよ!勝手に決めんなよ!」


弐條さんたちは笑いながら二人でじゃれあってたけど、気が付かないのかな・・・私に対する視線が痛い・・・。私はホントに冗談だと思ってみていたけど、ホントにホントだった。


「入部届けまだなんですけど?」
「いいじゃん。僕が出しておいてあげるから。」


次の日にはもう入部が決まってて、パパに相談してフルートを始めることになったの。パパは喜んでね、「中部方面音楽隊に入るか?」なんていってひとり喜んでいたけど・・・。何を買ったらいいかわかんないから、パパにお金をもらって弐條さんが楽器屋さんに付き合ってくれたの。もちろんSPつきで・・・。弐條さんの配慮かな・・・。微妙な間隔でSPが付いてるんだけど、一般の人にはわからないみたいね・・・。弐條さんにいいものを選んでもらって、その後お茶して帰ったのよね・・・。2回目のデートって思ったらいいのかな・・・。でもSPが付くデートって・・・洒落になんないよね・・・。


もちろん家まで送ってもらったけど・・・。おばあちゃんは送ってもらったお礼に上がってもらいなさいっていったから初めて家に上がってもらったの。おばあちゃんはとても舞い上がってしまってね・・・。総理大臣のご子息が・・・って。うちには一応お手伝いさんがいるんだけど、その人にケーキと紅茶を出してもらって、応接室で話したの。


「いつも孫の綾乃が弐條さんの話ばかりしましてね。一度お会いしたいと思っていたのです。お会いできて光栄ですわ。」
「もうおばあちゃん!」


弐條さんは照れ笑いをしながら、お婆ちゃんの話を聞いていたのよね・・・。


「ホントにいい洋館ですね・・・。」
「はい。亡くなった主人の祖父が若い頃にドイツの設計士に頼んで設計してもらって建てたのです。重要文化財に指定されてしまって管理が大変なんですよ。」


ホントおばあちゃんはこの自慢の洋館の話になると話が止まらないのよね・・・。弐條さんの携帯がなるまで話してたわよ。


「すみません。僕は帰ります。今日父が神戸に久しぶりに帰ってくるのを忘れていたんです。父は明日大阪で公務があるので・・・。じゃあね綾乃ちゃん。」


そういうと家の前に止めてある車に乗って芦屋の家に戻って行ったの。


「とてもよさそうな人じゃない。もっとえらそうな子かなと思ったけど・・・。」
「すごくいい人よ。尊敬できるいい先輩よ。」
「まあいい人とお付き合いしているようだから安心ね。」
「えええ???ただの先輩だよ。色々気にはかけてくれるけど・・・。」
「そうかしらね・・・。将直はどう思うかしら?」


おばあちゃんは微笑みながら私の顔を見るのよね・・・。なんか勘違いしてないかしら・・・。そりゃ弐條さんはあたしの初恋だけど、弐條さんにとってあたしは女の子の一人だと思うし・・・。本当に優しいのは確かよ。


夕飯食べて部屋に戻って宿題をするためにかばんを開けたら手紙が入っていたの。


『何か相談ごととかあったら僕の携帯にメール頂戴よ。 弐條雅和』


きちんとメルアドと番号が書かれていたの。もちろんあたしの携帯に登録。手紙は机の奥に大事にしまったの。試しに寝る前にメールを入れてみたの。


『弐條さん おやすみなさい。 綾乃』


って入れたら即返ってきたよ・・・。『もう寝るの?おやすみ・・・。 雅和』ってね・・・さすが受験生だから遅くまで勉強してるんだね・・・。なんかホント恋人同士のようなメールしちゃった・・・。ホントに嬉しくなっちゃって夢にまで弐條さんが出てちゃったのよ・・・。そしたらまた寝坊しちゃって、急いで髪の毛くくって、朝ごはんも食べずに学校に走ったのよ・・・。あ~~~あ・・・きっとこんなの弐條さんが見たら幻滅だろうな・・・。


もう学校に着いたらギリギリ間に合ったんだけど、朝ごはん食べてないからもうお腹ペコペコ~~~。授業中先生には怒られるしさ・・・今日はついていない・・・。お弁当も忘れちゃったし・・・。生徒手帳も~~~~。お昼休みはコンビニに行かないといけないな・・・。堀川さんにそのこといったら、苦笑してたわ・・・。


「綾乃さんって本当におっちょこちょいね・・・。いいわ。私のお弁当でよければ分けてあげるね。」
「ありがとう鈴華さん・・・。助かるわ・・・。」
「昨日弐條さんと買い物行ったんだって?お兄様に聞いたわ・・・。」
「フルート選びを手伝ってもらったのよ。SP付よ。」
「いいじゃない。そんなことしているのは綾乃さんだけよ。」
「そうなの?メルアドは?」
「私知らないよ。もしかして教えてもらっちゃったの?すご~~~い!」


え?親しい人みんなに教えてるんじゃないの?私だけ?これって・・・・?

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優しいキスは放課後に・・・ (2)初デート?!
前回の「(1)出会いはドラマチックに?」はこちらからお入りください・・・。

(2)初デート?!


なんとか合格したわよ~~~~~~。あとから聞いたらギリギリって感じらしいけど???まあ入っちゃえばいいんだから・・・。今日は初登校日。昨日入学式だったんだけど、本当にみんなセレブって言うような子ばっかりだから、緊張しちゃった。でも中には普通の高校生って感じの子もいるんだよね・・・。


「お姉ちゃん行くよ!」


あたしはいつ弐條さんに会えるかわかんないから念入りに長い髪の毛を時間をかけて綺麗に結んで朝ごはん食べて・・・・。


「おや、綾乃。今日はとてもお洒落さんだね・・・。」


自衛隊幹部の制服姿のパパは身支度をしながら微笑んでた。


「パパ、今日はゆっくりよね・・・。」
「今日は岡山まで視察に行かないといけないからね・・・。迎えの車を待っているのだよ。綾乃、早く行かないと遅刻だよ。」


時間を見るともう大変!今から歩いていったら遅刻じゃない!急いで用意していたら、ついでにパパが学校の前まで送ってくれる(送ってくれるのは幹部用の公用車で、運転手つきだけど・・・・)って言うから、お言葉に甘えて送ってもらうことにしたの。ちょうど車が来たみたいで、制服を着た清原さんが呼びに着てくれたのよね。


「清原君、この子の学校までついでに送ってやってくれないかな?」
「はい、いいのですか?公用車ですよ。」
「いいんだよ。前を通るだろ。」


幹部クラスの公用車は国産の黒の高級車クラウン・・・。見た目は普通のクラウンと変わらないんだけど、やはり運転手が制服着ている・・・。校門前に横付けされて清原さんがドアを開けてくれたんだけど、制服姿の清原さんがドアを開けるからみんなの注目の的!!みんな見てるよ~~~~。ああ恥ずかしい・・・。送ってもらわないほうがよかったかな・・・。


「綾乃、じゃあ行ってらっしゃい。」
「パパ行ってきます。清原さんありがとね。」
「いえ、行ってらっしゃいませ。お嬢様。」


清原さんは3年前に防衛大学を出たての幹部クラスの人で、25歳の普通のお兄さんタイプ。防大と、幹部候補学校、幹部学校を首席で卒業して将来を約束された人らしいけど、まったくそんな感じの人じゃなくって、今はパパの下で仕事をしているんだって。


パパはわざわざ窓を開けてあたしに手を振ってくれたんだけど、ホントに恥ずかしいってなんの・・・。あたしも一応パパの車が見えなくなるまで手を振ってた。


「お姉ちゃんずるい!私歩いてきたのにお姉ちゃんパパに送ってもらったなんて!」
「あたしをほって先に行くからよ。中等部はあっちでしょ!」
「じゃあね、お姉ちゃん。」


ホント妹の彩子ってあたしよりも大人びていてね・・・。いっつもパパったらあたしと彩子を比べるのよ・・・。なんか後ろが騒がしくなって振り返ったら、まあこれも国産車の最上級クラスの車が横付けされたのね・・・。パパがいつも乗っているセルシオよりもいい車。国産でも一番高いって聞いたわよ。すると後ろのドアを運転手に開けられて出てきたのは誰だと思う???なんと弐條さん。やっぱりいいとこのお坊ちゃんだったんだよね・・・。


「雅和様行ってらっしゃいませ。はいお鞄を・・・。」
「ありがとう。じゃいつもの時間に・・・。」


車から少し歩くともう女子生徒に囲まれちゃって、校門の前はすごい人だかり。毎日のことだろうけど、弐條さんは苦笑して歩き出したの。すると私と目が合って、弐條さんは私めがけて人ごみをかき分けて来たの。


「源さん、無事合格したんだね・・・。だから合格するって言ったでしょ。でもちょっと気になってたんだ。」


弐條さんは満面の笑みで私に話しかけてくれて、もう周りはパニックよ!!!


(なにあの子?見かけない子ね・・・。)
(さっき防衛庁の公用車で来た子でしょ。)
(弐條さんに話しかけられるなんて生意気よ。)


あたしに聞こえるような声で言うのは辞めてくれないかな・・・・。言うなら私、直にいってくれって感じ?だから女の子のそういうところって嫌いなんだよね・・・。


「雅和様!こんなところで何なさっているの?」
「ああ、桜ちゃん。ちょっと・・・。」


その桜って言う子は弐條さんの腕につかまって引っ張って行っちゃった。誰なのあの子は???あたしと同じ色のリボンをしてるから同級生よね・・・。あたしはそのまま教室に入ったの。黒板に張ってある席表を見ながら席に座ったらなんと後ろ!なんてラッキーなんだろ・・・。前だったらどうしようなんて思って昨日眠れなかったんだ・・・。まあそれだけじゃないけど。すると前の子に声をかけられたの。


「はじめまして、私、堀川鈴華。よろしくね。」
「私源綾乃って言います。こちらこそ。」
「外部入学の人でしょ。見たことないから・・・。だいたい9割は中等部からのエスカレーターだしね・・・。見たわよ!防衛庁の公用車で送ってきてもらった人でしょ。」
「う、うん。遅刻しそうになって・・・。パパに送ってもらっちゃった・・・。恥ずかしい・・・。」
「で、お付の若い人は誰?とってもかっこいい人ね。」
「あ、清原さん?パパに部下の人。25歳の幹部クラスの人よ。普通の人だけどなあ・・・。制服着ると何割り増しかかっこよくなるけど・・・。でも送ってもらうのは今日だけよ。家は歩いて20分のところだから歩きか自転車かな・・・。」


堀川さんはとっても話しやすくって、他の人と違って高飛車なところがないから、付き合いやすいかな・・・。


今日は始まったばかりだから授業はなくって、午前中なのよ。でも部活のある堀川さんに誘われて学食に行ったの。学食といってもおしゃれなカフェみたいな感じで注文したら持ってきてくれるオーダー方式。生徒手帳のICカードを通すと料金が加算されて後日月毎に引き落としの方式をとっているの。


「ここのパスタいけるんだよ。だって神戸でも有名なホテルが運営しているからね。」
「ふ~ん。よく知ってるね・・・。堀川さんは・・・。」
「だって私のパパはここの学園長だもの。お爺様は理事長よ。」
「え~~~~~~~~~~!」


ホントに普通の子って思っていた子がやっぱりお嬢様だったなんて・・・。やっぱりここの学園はすごいわ・・・。


「おいしそうなもん食ってるね・・・。」


ある男子生徒が堀川さんのケーキを一口食べたの。


「お兄様!私が楽しみに取っておいたケーキ!!!」
「ごめんごめん・・・。腹へってておいしそうだったからね・・・。横空いてる?」
「空いてるわよ。相変わらずお兄様は私のもの食べるんだから。」
「可愛い妹が食べてるもんは何でもおいしそうに見えるんだよね~~~~。」


あたしは笑いを抑えるのに必死だったわ。


「相変わらず仲がいいね、響貴(ひびき)は。」
「おう!雅和も座れ座れ。」


なんと堀川さんのお兄様の後ろには弐條さんが立っていたの。私は胸がバックンバックンになったわよ。その上弐條さんは私の横の席についてウエイターさんを呼んでるの。


「源さん、なに食べてるの?僕もそれにしようかな?・・・ウエイターさん僕もこのこと同じものをひとつね。」


弐條さんは注文後微笑んで私を見て言ったのよ。


「また会ったね、源さん。」
「は、はい・・・。」
「朝はとんだ邪魔が入って君に言いそびれたんだけど・・・。」


あたしは弐條さんの微笑で胸がいっぱいになっておいしいランチが口に入らなくなったのよ~~~~。やっぱりかっこいいわ~~~~。


「あのね、例の冬休みのお礼がまだだったでしょ?あと源さんの合格祝いをしたくってね、今日付き合ってくれないかな?」
「え?は、はい!!よろこんで・・・。」
「よかった。断られるかなって冷や冷やしてたんだけど。」


「雅和を振るやつなんているのかよ。学園いちの人気者が・・・。」
「響貴、冗談言うなよ。僕、女の子を誘うのはこれが初めてなんだから・・・。」
「そうだよな・・・家や学校をでたらSPがうようよ付いてくるご身分だからな・・・。落ち着いてデートも出来ないよな・・・。」


なんでSPが付くんだろう・・・。不思議の思ったあたしは堀川さんにこっそり聞いてみたの。


「え~~~~知らなかったの?弐條さんのお父様は内閣総理大臣よ!!!!お爺様も元内閣総理大臣で、代々国会議員をしているご家庭なのに?お兄様はお父様のようになりたくないって言うから、ここの大学部の教育学部に在籍してるけど、弐條さんはお父様の後を継いで有名な大学を出た後、お父様の秘書になって政治の勉強するって聞いたわよ。」


私はびっくりしたわよ。海外生活が長いから日本の総理大臣なんて知らないわよ!(知ってて当たり前なんだけど)でもなんで神戸にいるわけ?普通だったら東京の学習院とかに行くんじゃないの???


「鈴華ちゃん、まだ決まったわけじゃないよ。僕は、本当は政治家なんてなりたくないんだ。周りの後援会の人達が勝手に言っている事。父さんが政治家だったから僕の家庭はバラバラになったんだよ。」
「まあ湿った話はこれくらいにしてさ、食べようぜ、雅和。」
「うんそうだね・・・。」


意味ありげなことを聞いてちょっと気になったけど、なるほど坊ちゃん中の坊ちゃんだわこの人は・・・。今時SPの付く高校生っていないよね?


あたしは弐條さんと時間の約束をして校門で待っていたの。弐條さんは部活を休んでそのまま徒歩で神戸元町に行ったの。SPが付いていなかったら普通の高校生だよね・・・。(普通じゃないか・・・)


元町は本当に港町の趣があって、大丸百貨店を中心におしゃれなお店がたくさんあるの。弐條さんも初めてのSP無しショッピングみたいでのびのびいろんなところを見ていたみたい。街を歩く人たちはかっこいい弐條さんを注目してたわね。


「何かほしいものある?僕の家は女の子がいないからどんなのが欲しいかな・・・。」


結局商店街の前にある露天で小さなビーズで出来た指輪を買ってもらったの。弐條さんはこんなんでいいの?って言ってたけど、とっても綺麗な指輪だったし、そんな高価なものいらないから、これで十分だったの。


「ちょっとお茶していこうか?」
「うん。」


ちょっと洒落たカフェに入って紅茶をご馳走になっちゃった。色々くだらない話をしていたんだけど、弐條さんはちょっと照れながら、私に言ったの。


「源さん、今日から君の事名前で呼んでいいかな?綾乃ちゃんって・・・。」


えええ!!!下の名前覚えてくれてたんだ!!!もちろんOKしたわよ。弐條さんもすっごく嬉しそうな顔をして私をずっと見つめてたのよね・・・。


「さ、帰ろうか・・・。綾乃ちゃんのおうち心配しているよきっと・・・。もう夕方だし・・・。」


カフェを出て少し歩くと、弐條さんとあたしの前を黒尽くめの男たちが立ちふさがったの・・・。


「あれ?見つかったか・・・。」
「雅和さま、勝手に学校をでられたら困ります。何かあればどうするのですか?」
「何でわかったんだよ、あ、そうか携帯のGPSか・・・。」


黒尽くめの男たちは弐條さんのSPらしくって、横付けされた弐條さんの車に押し込められたのよ。すると巡回中の警官がやってきて運転手と何か話している。駐禁で注意を受けていたらしいんだけど、運転手が身分証明書を見せると驚いて警官は逃げて行ったわよ。あたしは弐條さんの車でうちの真前まで送ってもらった。


「へ~~~いい家に住んでるんだね・・・。神戸らしい情緒のある洋館だ・・・。」
「弐條さんはどこに住んでいるんですか?」
「芦屋の山のほうだよ。今度遊びにおいでよ。じゃあ明日。」


私は手を振って弐條さんの車が消えるまで家の門の前で見つめてたの。ちょうどパパが岡山から帰ってきたみたいで、あたしの横で車が止まったの。清原さんが助手席から出てきてパパの乗っている後部座席のドアを開けたの。


「お帰りパパ。」
「今帰ったのかい?綾乃。」
「うん、今ね・・・。」
「そうか・・・。清原君、明日は自分の車で行くから迎えはいらないよ。」
「はい、では私はこれで・・・。」


清原さんは助手席に乗って、総監部のある伊丹に戻っていったの。


「今日はいいことあったのかな?いつもの綾乃と違うけど?」
「そうかな・・・。いつものあたしと一緒だよ。」


パパとあたしは一緒に家に入ったの。早速私は部屋に入るとママの形見のオルゴールの中に今日買ってもらった指輪をなおしたの。

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優しいキスは放課後に・・・ (1)出会いはドラマチックに?
人物設定など概要はこちら・・・

(1)出会いはドラマチックに?



あたし、源綾乃。パパの仕事の都合で港町神戸にやってきました。春から高校生になるんだけど、なんとパパが選んだ学校は幼稚園から大学、大学院まで一貫教育で通っている生徒たちはみな有名な会社の社長令嬢とか、国会議員のご子息とかが通う超有名なセレブな学園、山の手学園なの!!!結構レベルが高い学校なんだけど・・・。あたし馬鹿だから入れないよなって思ったのよ。


中三の冬休み、春にこっちに来るのがわかっていたから、パパと中等部に入る予定の妹と一緒に学園見学に来たの。この学園の入試はもう11月に終わっていたんだけど、あたしこれでも一応帰国子女だから、特別枠で試験をしてもらえるようになったの。試験は新年早々・・・。パパは仕事があるからって、パパは理事長さんと話をしたあとあたしたちを部下に預けて仕事に行っちゃったのよね・・・。


パパの仕事?それはねなんと某国日本大使館の防衛駐在官(その中でも一番偉い人らしいけど・・・。普通パパの階級ではありえない・・・。特別に派遣されていたらしい・・・。)をしているのよ。仕事の内容はよくわかんないのだけど・・・。新年度から防衛庁陸上自衛隊中部総監部に配属になって、なんだか急にえらく(幹部?)なるみたい。もともとパパは神戸の人だから、神戸のおばあちゃんのところに住むことになったの。もともとうちは古くからの家だから、神戸北野にあるおうちは洋館で結構広い。そこに試験が終わるまでお世話になるの。


「清原さん、あたしもうちょっと高等部を見たいから先に帰っていいよ。妹を頼んでいい?」
「しかし・・・。」
「ここはお婆ちゃんのおうちから近いじゃない。もう15歳だもん帰れるわよ。ここは日本。今住んでいるとこと違って安全よ・・・。」
「そうですか?では先に・・・。お父様がどういわれても私は知りませんよ・・・。」


あたしは清原さんと妹を見送ると、高等部の中庭を歩いていたの。もう放課後だから、部活をしている人以外はいない。やっぱりセレブが通う学校よね・・・。運動部はフェンシングとか乗馬とか、ホント高級そうな部が多いこと・・・。文化系は吹奏楽部に交響部、茶道部に琴・・・。日舞まであるわ・・・・。ここに入ったら気が引けて部活なんか出来ないわ・・・。


校舎の上のほうの階に音楽室があるのかな?楽器を練習している音がするの・・・。すると急に強風が吹いてあたしの上にたくさんの紙が降ってきたの。あたしは一枚一枚拾い集めてみるとそれは楽譜。あたしは一応ピアノをしているから、だいたい読めるのだけど、ホントに難しい楽譜・・・。


「ちょっとそこの君!その楽譜!」


5階の窓から男子生徒が身を乗り出して私に声をかけたの。すると急に姿が消えて少し経つと、私の前に現れたの。その男子生徒は結構背が高くて、すきっとした顔立ち。ホントにどこかのご子息って感じで、微笑がとてもかっこいい!!!制服のブレザーがなんとも似合っていて、品があって・・・。あたしはその男子生徒を見つめたまま固まっていたの。


「拾ってくれてありがとう。大事な楽譜なんだ。どこの学校の子?見たことのない制服だね?あ、僕は2年の弐條(にじょう)雅和って言います。君は?」
「あ、あたし?源綾乃って言います。帝都学園ロンドン校中等部なの。春からこっちに来ることになって見学に・・・・で、でもまだ試験に合格していないから・・・。」


あたしは聞かれていないことまでぺらぺらと話しているのを見て、弐條さんは笑いをこらえながらあたしを見ていたのよね・・・。


「で、楽譜返してくれる?」


あたしは楽譜を弐條さんに返すと、真っ赤な顔をしてうつむいてしまったの。


「源さんだったかな?合格するといいね・・・。」
「でもあたし馬鹿だから無理かも・・・。」
「大丈夫だよ。君ならがんばれば合格するよきっと・・・。がんばってね。」


弐條さんはあたしに手を振って音楽室に戻っていったの。あたしは真っ赤な顔をしてずっと弐條さんの姿が消えるまで見ていたのよ。


(キャ~~~~~~~~これが初恋、それも一目惚れってことかしら????)


もちろんあたしはお婆ちゃんの家に戻ってから机に向かって一生懸命勉強したわよ。パパなんか日ごろ勉強なんて宿題以外しない私がしているものだから嵐になるんじゃないかと心配していたわよ。まあ妹は賢いから日ごろ勉強しなくったって受かるだろうけど???


がんばって合格してまた弐條さんに会うんだから!!!




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ちょっと一休み・・・番外編のお知らせ
今連載中の平安小説《題はない・・・。誰か考えて欲しいかも・・・。》の現代版番外編です。

ちょっとFC2ブログ書下ろしの番外編を4回に分けて・・・。まだまだ先を書くつもりなので、よろしくです。

設定はほぼ同じ。現代版なので、身分がちょっと無理やりやっています。学園恋愛物のつもりですが・・・。私は現代物を書いた事がないので心配ですが、高校時代のことを思い出しながら書いています。
さて概要を・・・

題名「優しいキスは放課後に・・・」

人物設定
番外編》                  《原作》
源 綾乃  15歳高校1年生(主人公)→源 綾乃・・・右大将家のお姫様
弐條 雅和 17歳高校3年生     →雅和親王・・・二品親王中務卿宮
堀川 鈴華 15歳高校1年生     →藤原鈴華・・・摂関家のお姫様
(FC2ブログ編には出てきていませんが、アメーバーブログには出ています^^;まだ先の話・・・。)
源 将直  防衛庁に勤める綾乃のパパ →源 将直・・・右大将
弐條 常康 雅和のパパ、国家権力者  →今上帝 常康・・・帝
清原 義信 綾乃パパの部下自衛官幹部候補→右大将の従者

むちゃくちゃな設定ですが、本編に近い設定の職業についていただきました^^;兵庫県民の私には超地元のことを書いているのです・・・。舞台は現在の神戸・・・。実在する名称もでてきますが、フィクションですのでご了承ください。ホントに恥ずかしいくらい無茶な設定をしています・・・。もっとこの先もむちゃくちゃになると思います。
書き方は本編と違ったブログ風というんでしょうか・・・。この方が読みやすいかなって思います。私も書きやすいかな・・・。
神戸

神戸の風景1


六甲山から見た神戸の風景


テーマはどこに入れたらいい?学園物?恋愛物?それとも番外編だからそのまま???悩んじゃいます。

第60章 静養
 中務卿宮は右大将邸である五条邸につき、寝殿に通される。右大将は家の者に急いで客間の準備をさせ、準備が整うと中務卿宮を案内する。

「宮様、こちらを自分の部屋のようにお使いください。間もなく二条院の者達がこちらへ到着とのことです。何か御用がありましたら、この私の従者清原義信をいくらでもお使いください。」

右大将は従者の清原を紹介し、側につける。中務卿宮は清原に微笑む。すると二条院から中務卿宮の女房達が到着し、乳母である籐少納言が泣きながら中務卿宮に詰め寄る。

「ああ、宮様何と言うことでしょう。私がついておりながら・・・。帝や中宮様になんとお詫び申し上げたらよいか・・・。私がこれから宮様の食事などに気を遣わせていただきますので、ご安心を・・・。」
「籐少納言、心配しなくていいよ。ただの過労だから・・・。父上からも当分出仕しなくていいと仰せで・・・。ゆっくり休ませていただくことになった。そんなに心配すると白髪が増えますよ。」
「では、私は右大将様にご挨拶をしてまいります。ごゆっくり、お過ごしを・・・。さ、宮様の御召物を・・・。」

ずらっと正装した中務卿宮付の女房達は手際よく中務卿宮を直衣に着替えさせる。

(本当に籐少納言は僕のこと過保護なのだから・・・。)

着替えを済ませた中務卿宮は脇息にもたれかかって、苦笑する。それでもこの綾乃のいる邸にいるというだけで、清々しい気分となる。

「まぁ宮様、ご覧くださいませ。こちらの庭の橘はとても立派で綺麗ですこと・・・。心が洗われるようですわね。」

とある中務卿宮付の女房がふと宮に申し上げた。

「そうだね、実になる前にこちらに来ることが出来てよかったよ。」
右大将への挨拶を終えた籐少納言は、中務卿宮を見て驚く。
「まぁ!宮様!まだ横になられていないのですか?誰ですか!直衣を着せたのは!さ、宮様直衣をお脱ぎになって、寝所で横になられませ。」

籐少納言は中務卿宮の直衣を脱がせて小袖にし、寝所に押し込んだ。中務卿宮は言われるまま寝所に横になる。籐少納言は、女房達に静かにゆっくり眠られるように宮様に近づかないように指示した。籐少納言は侍医から処方された薬湯を持って寝所に現れ、中務卿宮に飲ませる。

「宮様、安静が大切なのですよ!良くなるまで綾乃様に会うことは禁止させていただきます!先程も右大将様にもそのように申し上げてまいりました。」
「籐少納言、私は子供じゃないのだから・・・。せっかく綾乃のいる邸に来たのに・・・。」
「宮様は私にとって帝や中宮様からお預かりした大事な宮様です。何かあれば私自害してお詫びをしないといけません。いいですか?薬師が起きてもいいと申されるまで我慢してくださいませ。」
「分かったよ。いつも心配してくれてありがとう。せっかく父上に休みを頂いたのですからね・・・。」

そういうと眠りについた。いつまで眠ったのか分からないくらい中務卿宮は眠り続ける。度々起こされて薬湯を飲んだり、食事をしたりする以外はほとんど眠っている。綾乃がお見舞いに訪れても気付かないくらいである。何日眠ったのか、やっといつものように寝起きが出来るようになったのは橘の花が終わった頃であった。

「宮様、今日薬師から床上げの許可を頂きましたわ。今日からは少しずつ普段の生活にもどされて・・・。そうそう!色々な方からお見舞いの文が届いておりますのよ。どのようになさいますか?」
「籐少納言に任せるよ。何日ぐらい横になっていたのかな・・・。せっかくの橘の花が終わってしまった・・・・。」
「半月くらいでしょうか・・・。」

すると中務卿宮はため息をついて起き上がると、直衣に着替えて脇息にもたれながら、お見舞いの文を少しずつ読んでいく。一部の者しか、こちらにいることは知らされていなかったので、すべての文は二条院に届けられたようだ。

「籐少納言、父上から出仕の許可が下りたら、お見舞いを頂いた方を招いて邸で快気の宴をしないといけないね・・・。孝子内親王の降嫁は無事終わったの?中務省から何か書状は来てない?母上からは?父上からは?」

籐少納言は苦笑して答える。

「宮様、慌てずに・・・ちゃんとご報告させていただきますから。孝子様は平穏無事に左衛門佐様のお邸に入られ、婚儀も滞りなく終わりました。右近大将様によると、とてもよい御成婚の宴だったそうですわ。とても幸せそうなお二人で・・・。中務省からは今のところ何も・・・帝も中宮様も・・・。皆様、宮様をそっと見守っておいでなのでしょう。綾乃様も何度もお見舞いにおいででしたが、宮さまがぐっすりと眠りあそばされたものですから、綾乃様は声も掛けずそっと見とどけて帰っていかれました。」
「そう・・・綾乃が・・・。本当にみんなを心配させてしまったようだね。」

すると綾乃がひょっこりと顔を覗かせる。中務卿宮は満面の笑みで、おいでおいでと手を振り綾乃を呼び寄せると綾乃は恥ずかしそうに後ろに何か隠して中務卿宮の前に座る。中務卿宮は不思議そうな顔をして綾乃の後ろを覗き込もうとすると、綾乃はそっと後ろから何かを取り出した。

「綾乃の庭の橘は遅咲きなのです。こちらの橘はもう花が終わってしまったから、雅和様へお見舞いに持ってきたのよ。」

といって綾乃は中務卿宮に遅咲きの橘を渡した。

「ありがとう綾乃、綺麗な橘だね。まるで綾乃のようだ。籐少納言、これを何かにさしておいて。もうすぐしたら庚申待ちの日になるね。今回は綾乃と一緒にいられるからうれしいな・・・。あと半月か・・・。宮中では丁度庚申月と重なるから盛大に何かをするらしいよ。ちょっと楽しみだったけど・・・。」

すると綾乃は懐からある文を取り出す。そして中務卿宮に渡し、中務卿は内容を見る。

「病み上がりの雅和様に見せてもいい物かと思ったのよ。でもどうしたらいいものかと思って・・・。」
「三条大納言家の桜姫からだね。なになに・・・。」

手紙の内容は、庚申待ちの日に三条大納言邸で趣向を凝らした宴を行うので来て下さいというもの。綾乃はまったく面識もない相手からのご招待なので少し戸惑っている様子で中務卿宮に相談をした。

「何だかすごいものが見れそうだね・・・。面白そうだから私も行ってみようかな・・・。綾乃の付き添いで・・・。」

中務卿宮は笑いが堪えられない様子で、扇で顔を隠して笑う。

「雅和様、桜姫ってどのような姫様?」
「右近の橘、左近の桜・・・。そんな感じかな・・・・。あとは会ってみてのお楽しみ。あの姫のことだから何か考えのあることなのでしょうけど・・・・。綾乃は綾乃らしく振舞えばいいのですよ。なんでも得意じゃないですか。琴も、舞も、香も、歌も・・・。そういえば一昨年の五節の舞を真似してよく舞って見せてくれたよね。あれは良かった。さあ橘と桜の一騎打ちってとこかな・・・。でもこの僕を賭けたりはしないでよ。」
「行ってみないと分からないのか・・・。雅和様、ついてきてくださいます?」
「まぁあちらに聞いてみないとね。」

そういうと紙と筆を借り、何かを書き出す。


『何か面白そうな庚申の宴を催されるようですね。私も行ってみてもいいですか?もちろん私一人ではなくこの私は付き添いとしてですけど・・・。 中務卿宮』


これを文箱に入れて清原に「右大将家からです」と言わせるように仕向けて持って行かせる。

もちろんこう言わせると、綾乃からの返事だと思って開けるのだろう、そして中身は中務卿宮だと知ってどのような反応を示すのか、少し楽しみのようだった。

「雅和様、このように火に油を注ぐような行為をされて大丈夫?あなたらしくないわ。」
「いいのですよ。こうしてあなたに挑戦状を送ってくるのでしょうから、いまだあなたの座を狙っているのでしょう。直接対決を存分にやっていただいて、わからせて差し上げなさい。失敗しても僕が何とかするから安心して。しかも勝っても負けても綾乃としか結婚しない。何をされてもいいように一緒に練習しましょう。」

籐少納言が中務卿宮は病み上がりであるという理由で止めに入ったが、今まであなたの言うとおり横になって安静にしていたでしょうと、言って籐少納言を黙らせる。綾乃は中務卿宮に早く遅咲きの橘を見せようと、中務卿宮の手を引っ張って案内する。中務卿宮は満面の笑みで綾乃の後ろをついて行った。



《作者からの一言》

相当お疲れだったのでしょうか?いくら眠っても寝たりないのでしょう^^;私もずっと寝ておきたいですね^^;綾乃も眠り続けている中務卿宮を見てさぞかし心配したのでしょうね^^;

さて三条大納言邸では大騒ぎになっているのでしょうね^^;

さて右大将の従者清原君・・・。実は現代版番外編にご登場です。存分に働いてもらいましょう・・・。この章をもってひとまず休憩。次の更新は番外編から・・・。番外編は4章しかないショートなので、続きはまた・・・。

第59章 中務卿宮の過労
 桜の季節が終わり、そろそろ初夏の日差しが感じられる頃、東宮の婚儀も終わり、都も落ち着きを取り戻した。桜の季節から数えてひと月半、中務卿宮は相当忙しい日々を過ごしていたらしく、数日に一度慌しい字で綾乃に文を送っている。


『本当に今、「橘は花にも実にも見つれどもいや時じくになほし見が欲し」と言いたい気分です。いつ綾乃に会えるかわからないけれど、妹宮の降嫁が終われば会えると思いますよ。終わればたくさん休みを取るつもりでいますので、待っていてくださいね。 中務卿宮雅和』


と、中務卿宮は万葉集の一つを引用した内容の文を橘の花がついた枝に結んで送ってくる。綾乃も中務卿宮のようにそのまま万葉集をそのまま引用して返事を書く。


『橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹(いも)に逢はずして 』

(橘の影を踏む分かれ道のように、あれこれ思うのです。あなたに逢わないので。)


と言う内容の返歌をしたので、慌てたように中務省にいる中務卿宮から文が届く。その文の中には会えない理由を律儀に事細かく書かれており、最後にこれからはできるだけ毎日文を書くから変な気を起こさないでくださいと書いてあった。それを見た綾乃はつい中務卿宮の焦り様に噴出してしまった。毎日のように文が律儀に届くのを知って綾乃の父である右大将はとても中務卿宮のマメさに感心する。

「綾乃、本当に最近の宮はお忙しいようですね。東宮の婚儀も滞りなく済み、その後すぐに中宮様の御懐妊の発表、そして今は孝子内親王の降嫁の件で毎日朝早くから夜遅くまで中務省に詰めておられるのです。その上宿直までされるしね。時折内裏や東宮御所に出入りされるけれど・・・。中務省の者達を始め、関係各所の者達は過労で御倒れにならないか心配なのです。」

先月初めには分かっていた中宮の懐妊の発表を東宮の婚儀の後にしたのは中務卿宮の配慮のためなのだろうか。

「綾乃、今回のことで帝はたいそう宮をお褒めになってね、もしかしたら宮と綾乃の婚儀が早まるかもしれないよ。本当に今年に入って中務卿宮になられたとは思えない成長ぶりです。後見人の私も鼻が高い。」

そういうと、これから宿直である右大将は綾乃の部屋を急いで退室する。綾乃は中務卿宮が過労で倒れはしないかと言う言葉にとても心配する。そして夜も寝られないまま、朝を迎えた。

 一方どうしてもその日のうちにやってしまわないといけない仕事のため、急遽宿直をしていた中務卿宮は、中務省の自分の部屋の文机の上で色々な今までの儀礼や文献の書かれた書物を見ながらいつの間にか眠っていたらしく、朝日で目が覚めた。そしてやり残した仕事をこなしていく。やり終えたあと、続々と中務省の者達が参内してきたようで、騒がしくなる。

「中務卿宮様!昨夜もお帰りにならなかったのですか?」
「ああ、なかなか終わらなくてね。権大輔殿、これを陰陽寮に、これは中宮職に、そしてこれは今から私が帝の御前で報告してくるから。」
「中務卿宮様、昨日もこちらに籠もっておられたのですから、今日こそお帰りになられて休養を・・・。」
「ありがとう、権大輔殿。引き受けたことはやらないとね・・・。じゃあ清涼殿へ参内してきます。」

そういうと中務卿宮は少しふらつきながら、清涼殿へ参内した。帝の御前に座り、参議に東宮婚儀報告書やら孝子内親王の降嫁についての報告書を手渡すと、帝の言葉を待つ。

「中務卿宮、顔色が悪いね。最近中務省に籠もりっきりだそうだけど、大丈夫ですか?」
「はい何とか・・・大丈夫です。」
「大丈夫そうに見えんが・・・。このあと数日休みを取りなさい。後のことは権大輔殿にでも出来る仕事だから・・・。」
「はい・・・。」
「ご苦労でした。中務卿宮、早く下がって邸に戻りなさい。」
「御前失礼します。」

と言うと中務卿宮はゆっくり立ち上がったが、立ちくらみをし倒れてしまった。驚いた帝は御簾の外に飛び出して、中務卿宮を支えて人を呼ぶ。

「誰かおらぬか!中務卿宮が倒れた!後涼殿に運べ!典薬寮の者を呼べ!」

ありとあらゆる殿上人達が中務卿宮の近くに集まり、丁度そこにいた右大将が中務卿宮を抱えて後涼殿の一室に運んだ。清涼殿の女官達が中務卿宮の束帯を緩め、単を掛けると中務卿宮はうわごとで綾乃の名前を何度も言う。帝の侍医がやって来て診察をした後、帝の御前に報告する。

「中務卿宮様は過労でお倒れです。薬を処方いたしましたので、当分の間仕事はお控えになり、精のつくものをお召し上がりになりますとよろしいかと・・・。」
「分かった、ありがとう。下がっていい。」

帝は心配になって後涼殿の一室に向かう。すると中宮が側に付き添って中務卿宮の手を握り締めていた。

「帝、なぜ雅和に倒れるまで仕事をさせたのでしょう・・・。まだ中務省に入って半年と言うのに・・・。もともとこの子は小さく生まれたため、体は強いほうではありません。また先程から綾乃の名前ばかり・・・。」

と中宮が心配そうな顔で中務卿宮を見つめると帝が中宮に言う。

「ずっと中務省に籠もりきりでたまにしかこちらに来なかったから気がつかなかった。」
「先日も麗景殿に顔を見せにやってきた時も、何だか疲れた様子でおりました。休みを取るよう忠告したのですが、なんと雅和は言ったと思われますか?早く綾乃と一緒になりたい、早く中務卿宮として認められ婚儀の日取りを早めていただきたいと申しておりました。帝、雅和の願い、聞き入れていただけないものでしょうか・・・。あまりにも雅和がかわいそうで・・・。」

と、中宮は涙ぐみながら帝の前に手をついて頭を下げる。帝も綾乃の名前をうわごとで言う中務卿宮を見て、なんともいえない顔で中宮を見つめる。

「分かった、何とかしてみましょう。和子、あなたは身重なのだからあなたの体を大切にしなさい。心配要らないよ。雅和の思いを大事にするつもりだから。しかし、親王の婚儀となるから、早くとも年明け・・・。いいかな和子。さあ、麗景殿に戻り、体を休めなさい。あなたもあまり体のお強いほうではない。」
「雅和のこと、よろしくお願い申し上げます。」

中宮は手をつき深々と頭を下げると、共の者とともに麗景殿に戻っていった。帝は御簾越しに権大輔を呼び、中務卿宮の今後のことについて話し出す。

「権大輔殿、今色々大変だと思うが様々な事を考慮のうえ中務卿宮の婚儀の日取りを決めてはいただけないだろうか・・・。出来るだけ早く。」
「は、今からですと儀礼や色々なことがあり早くても半年後にはなると思われますが、それでも?」
「分かっている。宮内省、陰陽寮、中務省と連携を密にして滞りなく婚儀が終えるよう頼みましたよ。あと中務卿宮をふた月ほど出仕停止の措置を取る。中務卿宮が静養の為の出仕停止中、権大輔殿には宮の代わりを・・・。」
「御意。」

権大輔が下がり少し経つと、中務卿宮は意識を取り戻し側にいる帝に気付き驚いて起き上がる。そして慌てて帝に申し上げる。

「なぜ私がここに???もしかして倒れたのですか!なんという失態を・・・申し訳ありません父上!」

帝は微笑んで優しく中務卿宮に言う。

「咎めはしない。ずいぶんがんばりすぎたようだね。父である私こそあなたの過労に気付かないとは・・・。中宮もたいそう心配していたよ。明日からふた月ほど、出仕停止の措置を取った。お咎めではないので安心して静養しなさい。さ、横になっていなさい。今右大将殿を呼んだので、二条院で一人では寂しいだろうから、五条邸でお世話になるといい。残りの仕事は権大輔殿に頼んだ。仕事のことは忘れて十分静養をしなさい。これは帝である父の命令です。いいね。」

帝は右大将がきたのを見計らって入れ替わりで退出する。右大将は帝に深々と頭を下げて中務卿宮のいる御簾の中に入る。

「気が付かれましたか?さあ、五条邸に参りましょう。それと宮と綾乃の婚儀の日程が決まりそうですよ。今よい日取りを中務省と陰陽寮で選定中と帝に伺いました。間もなく決まるでしょう。良かったですね。」

中務卿宮は大変うれしそうな顔をして返事をする。

「そうなのですか!」

中務卿宮は身なりを急いで整え、右大将とともに内裏を退出して綾乃の待つ五条邸に向かった。うれしさのあまり眠気や疲れが吹っ飛んでしまったのは言うまでもなく、早く日程が決まらないものかと、楽しみに待つことにした。



《作者からの一言》

過労で倒れた中務卿宮・・・。綾乃と早く一緒になりたいがために一生懸命働きます^^;若いので何とかがんばれたのでしょうけれど、やはり極限を超えてしまって倒れたのでしょう^^;帝が右大将邸の五条邸で静養せよと命令したところなんか、何だか意味深ですね^^;やはり中務卿宮にとって綾乃は大切な存在であると痛感したのでしょうか?だって中務卿宮が一生懸命お勤めするのはすべて綾乃のためなのですもの・・・・。

第58章 桜
 桜の季節がやってきた。中務卿宮家である二条院は、とても桜で有名な邸である。特に寝殿近くに植えてある桜は中務卿宮の祖父が若かりし頃、花見の管弦の宴にてすばらしい龍笛に感動した先々代の帝が、左近の桜の枝を切り褒美として賜ったものを挿し木して立派に育て上げた桜であった。

 この日は一番見頃の良き日を選んで綾乃を招き、花見をすることにした。二人の婚約は公になったので、堂々と綾乃を二条院に呼ぶことが出来た。綾乃は久しぶりの中務卿宮と会えるという事で、とびっきりの唐衣を着て二条院を訪れた。

「綾乃、よく来たね。」

と、中務卿宮はとてもうれしそうな表情で綾乃を迎える。

「宮様、お招き頂きありがとうございます。綾乃はとても今日の日を楽しみにしておりました。」

綾乃は、中務卿宮の前に座り、頭を下げ挨拶をする。

「さあこちらに座って、二人だけでの花見なので、くつろいだらいい。今日を逃すと明日から忙しくて会えないからね・・・。」

綾乃は用意された几帳の前に座る。

「来月ですものね・・・東宮女御様の入内・・・。」
「そうさ、兄上に妃が入内されるからね。いろいろ中務省は春宮坊の人事異動やら、女官の選定、女御のご在所のこととか、今が一番忙しい・・・。また入内の宴やら婚儀の日程・・・。それが終わると妹宮孝子内親王の婚儀が入ってくるし・・・。本当にゆっくり出来るのは今日ぐらいかもしれない・・・。」

中務卿宮は脇息に肘をついて綾乃に優しくいう。

「孝子様のお相手って・・・弾正尹宮様の?」
「そうだよ。元服の際、源の姓を賜わり臣籍となって今は左衛門佐源常隆殿。同じころに初出仕だったし、同じ歳でもあるし意気投合してね。妹宮とは腹違いだけど、義理の兄弟になることだし。とても真面目で誠意のあるいい人ですよ。」

綾乃はそっと中務卿宮の側に座って身を預けると、中務卿宮は綾乃の肩に手をやる。

「本当に綺麗ね・・・宮様。」
「そうだね・・・。綾乃、もう私達は婚約しているのだから、宮様ではなく名前で呼んで欲しいな・・・。」

今日は急用がない限り、邸の者をこの寝殿まで近づけないようにしている。なんとなくいい雰囲気になってきたので、中務卿宮は綾乃を見つめて抱きしめくちづけをしようと顔を近づけようとしたとき、籐少納言が恥ずかしそうに声をかける。

「あの、宮様。お取込み中申し訳ありませんが・・・。中務省で不手際があった様で、すぐに東宮御所へ参内をと・・・。あと、三条大納言邸より宮様宛に文が・・・。」

二人は恥ずかしそうに離れると、中務卿宮は立ち上がって女房数人を呼び急いで直衣から束帯に着替え、身なりを整える。

「権大輔殿に頼んだはずなのに・・・。何か兄上の気に障ることがあったのかな・・・。」

などとぶつぶついいながら綾乃の前に座わり綾乃に優しく言う。

「すみません、せっかくの休みを頂いて綾乃とゆっくり花見をと思ったのですが、すぐ済まして帰ってきます。綾乃はここでゆっくり桜でも見ていてください。」
「はい、雅和様。お役目のほうが大切ですもの・・・。さ、早く参内を・・・。」

綾乃は立ち上がって中務卿宮に手を振り見送った。綾乃はふと、中務卿宮が座っていたところにおいてある文箱に目が行った。


三条大納言といえば、摂関家で皇后の兄に当たる人である。昨年まで綾乃の父右大将と肩を並べ左大将であったが、秋の除目で正三位大納言に昇進した。お邸が三条にある東三条邸なので、三条殿または三条大納言と呼ばれている。姫ばかり三人いて、一の姫雪姫は宮家に嫁ぎ、二の姫は中務卿宮より一つ上の桜姫、三の姫はまだ裳着が済んでいない。東三条邸はもともと東宮が元服するまで過ごした皇后の実家に当たるため、幼い頃からよく中務卿宮は東宮である兄のもとに遊びに行ったことがある。

そして世間では綾乃を右近の橘の姫君、三条大納言の二の姫を左近の桜の姫君と呼ぶ公達も少なくない。もちろん秋の除目までの右左両近衛大将の姫君だということと引っ掛けてあるのだけれど、どちらも違った花のような美しい姫君であるという意味もあった。綾乃は中務卿宮の副臥役であり父の右大将は中務卿宮の後見役、三条大納言二の姫は摂関家で中務卿宮の幼馴染として、お妃候補として競われていたと思われていたのは言うまでもない。

ただし中務卿宮の意向は、以前中務卿宮の妹宮付の女童として後宮に出仕していた綾乃だったのだけれど・・・。もちろんそのような事を知る由もなかった三条大納言二の姫は摂関家であり幼馴染である自分のほうが中務卿宮妃としてふさわしいと思い込んでいた。その上先月の東三条邸で行われた管弦の宴(本来は三条大納言が勝手に開いた中務卿宮と二の姫の顔合わせの宴だったが・・・。)で二の姫の目の前できっぱりお断りの返事をしてしまったからもう大変。もともとわがままに育てられた姫であったので、中務卿宮でなければ嫌だと言う二の姫に父三条大納言も手を付けられず困り果てていて何日かおきにこうして中務卿宮宛に文を送りつけてくる。

やはり中務卿宮は億劫になって返事を引き伸ばしにしている。今回の文もそうであろうと開封もせずに座っていた場所そのままのところに置いておいた。しかし今回の文は違ったようで、文箱から良い香りが漂ってくる。一刻ほど我慢していたが、綾乃はつい気になって文箱を手に取り、開けてしまう。中には品のいい御料紙に桜の花が添えてあった。そして文を読んでしまう。



『満開の桜の花とまだ咲かぬ橘の花あなたはどちらを選ばれるのでしょう もちろん今見頃の桜と決まっていますよね 桜子』



綾乃はムッとした様子でその文をもとの状態に戻し、座り込んだ。

(どうせ私は裳着をしたばかりで月の穢れも来ていないわよ・・・。でも・・・。)

綾乃は怒って立ち上がると一緒に来ていた小宰相を呼んで帰り支度をさせる。

「綾乃様、どうかなさいましたか?」

と、籐少納言が綾乃に声をかけてくる。

「急用を思い出しました。宮様にはそのようにお伝えください。」

綾乃は少し怒った様子で寝殿を退出しようとすると西の門のほうが賑やかになり、中務卿宮が帰ってきたようである。籐少納言は綾乃を引き止め、元いた場所に座らせると、丁度とても困った様子で中務卿宮は寝殿に戻ってきた。そして束帯のままで綾乃の横に座る。

「綾乃、だいぶん待ったでしょ。権大輔殿でも出来ることなのに、どうしてもと仰せで兄上は私をお呼びになったのですよ。兄上にも困ったものです。」

中務卿宮は綾乃のいつもと違う表情に気付き、心配する。

「綾乃どうかした?」

綾乃は三条大納言二の姫からの文が入った文箱をそっと中務卿宮の前に置く。

「そういえば、三条大納言様から文が来ていたね・・・。ん?なんかいつもと感じが違うけど・・・。」

中務卿宮は文箱の紐を解き、ふたを開けると中身に気がついて慌てて再びふたを閉じる。

「二の姫からでしょ。雅和様。」
「そうみたいだね・・・。もしかして・・・見てしまったの?」
「いい香りが文箱からいたしましたので・・・。つい。私はまだ月の穢れも来ていない子供です。」

綾乃は怒って立ち上がると退室しようとする。中務卿宮は綾乃の腕をつかみ引き寄せ抱きしめる。

「どうしてそのような事を言うの?いつこの僕が綾乃のこと子供だって言った?綾乃は綾乃でいい。」

そういうと中務卿宮は今まで見せたことのない表情で涙を流して綾乃を強く抱きしめる。

「あちらの件は一方的なこと、本当に困っている。綾乃が心配すると思って言わなかった。」
「雅和様・・・。お泣きにならないで・・・。」

綾乃は中務卿宮の頬に流れる涙をふき取ると、中務卿宮にくちづけをする。

「私も雅和様は雅和様のままでいいのです。本当に出会った頃から泣き虫でいらっしゃる。」
「そうだね・・・。」

中務卿宮は籐少納言を呼ぶと、三条大納言二の姫から届いた文箱をそのまま渡す。籐少納言は不思議そうな顔をして受取る。

「籐少納言、これからは私的な三条大納言家からの文は一切取り次がないように邸の者に伝えてくれないか。そしてその文をそのままお返しして。」
「はい畏まりました。」

籐少納言が退室したことを確認して、花見の続きをしようと、中務卿宮は綾乃の手を引き、すのこ縁の端の一番桜が良く見えるところに連れて行く。

「夜桜はもっと綺麗なのですよ。綾乃、今夜は泊まっていく?」

綾乃は顔を赤くして、恥ずかしそうに微笑みながら答える。

「雅和様、来年か再来年以降になればいくらでもこの桜を嫌になるほど見られますわ。それまでお預けです。夜桜もこの綾乃も・・・。」

中務卿宮も顔を赤らめて綾乃に言う。

「そうだね。ちょっと調子に乗りすぎたみたいだ。さあ座って。」

二人は寄り添い、ずっと長い間二条院で一番美しい桜を眺め続ける。

「中宮の母上にも春が訪れたよ。」
「え?」
「中務省と中宮職で報告が止まっていて公にはなっていないのだけれど、やっと母上が懐妊されたのですよ。今までいくら経っても御出来にならなかったから・・・。」
「そうですね・・・中宮様にもやっと春が来たのですね・・・。」
「そうだね。僕達も早く本当の春が来るといいね・・・。」


《作者からの一言》

普通なら婚約したからといってもこうしてお互いの邸を行き来することなんてないでしょうね^^;でも中務卿宮はどうしても綾乃に綺麗な桜を見せたくて(もしくはこれを口実に綾乃と会いたかった?)綾乃を呼んだわけです^^;もちろん親しい間柄とはいえ、綾乃は宮家に訪問するので衣装は十二単です^^直衣を着ている中務卿宮は正四位上なのですが、親王であり、勅許により着用が許されています^^もちろん烏帽子を冠に替え参内することも可能です。本当なら東宮御所に参内の際は束帯に着替えずに烏帽子と冠を交換しただけで参内可能なのでしょうけれど・・・。

 本当に三条大納言の二の姫桜子姫はしつこいですね^^;あまりしつこいと中務卿宮に嫌われますよ^^;もちろん嫌っていますけど^^;

第57章 中務卿宮の悩み
 庚申待ちの宴のあと、中務卿宮は様々な殿上人から宴のお誘いがかかるようになった。中務省の仕事にも慣れ、権大輔が補佐についているもののほぼ自分で対処できるようになっていた。

「さあ、今日はこれでおしまいっと。権大輔殿、他にはありませんよね・・・。」
「はいこれですべてでございます。これからどちらへ?」
「本日は三条大納言邸のほうに・・・。管弦の宴に呼ばれまして・・・。明日は東宮御所にて宿直ですので、よろしくお願いします。」
「ほう、ここの所三日に一度はどこかの邸に呼ばれていますね・・・。お体をお崩しにならないように・・・。」
「そうですね・・・酒はあまり得意ではないので・・・。行っても楽しくはないのです。ただお断りしてもどうしてもと言われるので・・・。」

そういうと気が向かない様子で中務省を退出していった。中務卿宮は二条院に戻り着替えを済ますと、三条にある三条大納言邸に向かうと、途中宿直に向かう右大将の車とすれ違う。

(今日、右近様は宿直で来られないのか・・・。残念だな・・・。)

中務卿宮は残念そうな顔をして、大事な龍笛を取り出して手入れをした。

 三条大納言邸に到着すると、様々な車が車宿りに止まっている。到着すると、わざわざ三条大納言が車寄せまで中務卿宮を迎えに来て、宴の会場に案内した。

「中務卿宮様、本日は良くおいで頂きました。どうしてもと無理を言って申し訳ありません。」
「いえ、さすが立派なお邸ですね。庭の手入れも大変行き渡っていますね。花の時期になるとさぞかし美しいのでしょうね。」
「いえいえ、二条院の左近の桜から挿し木された桜に比べると我が家の桜など・・・。それよりも当家二の姫が、宮様とぜひお手合わせしたいと同席しております。桜のように美しい音色を奏でる姫でして・・・。さ、桜姫。」

三条大納言家の二の姫桜姫は中務卿宮よりも一つ年上で、琴が大変上手な姫、そして才色兼備とも言われている姫である。中務卿宮は大事に龍笛を取り出すと、桜姫の琴に合わせて龍笛を吹いた。宴に招待された公達たちは二人の奏でる調に感動し、調が終わると大納言は大変喜び中務卿宮に言う。

「さすがは宮様。さらに腕を上げられましたな。桜姫との相性もよろしいようで、すばらしい調でございました。」
「いえ、私はまだまだ・・・右大将殿のご指導のおかげで・・・。」
「そういえば右大将殿の一族は管弦で有名なお家柄・・。」
「ええ、右大将殿の姫も相当琴がうまいのです。大納言様の二の姫様もなかなかの腕前ですが・・・。」

中務卿宮は照れ笑いをすると、龍笛を袋に入れ大事そうに懐に直す。すると大納言は中務卿宮の前に座ると頭を下げて言う。

「実は今日の宴は宮様と当家の桜姫を引き合わせるための宴、どうか、桜姫も宮様をたいそう気に入っております。ぜひ、お妃候補に加えていただけないでしょうか・・・。」

中務卿宮は真っ赤な顔をして断りを入れる。

「せっかくの縁談話なのですが、私にはもう許婚がおりますので・・・申し訳ありません!」
「いえ、まだ正式には発表をされてはいないのでしょう。ぜひ・・・。」

中務卿宮は縁談をきっぱり断ると一礼をし、即大納言邸を退出して、二条院に戻った。早々の帰宅に、家の者達は驚く。

「まぁ宮様、どうかされましたか?今日は三条大納言様の邸で管弦の宴と聞いておりましたが・・・。」
「早々退出させていただいたのです。私と二の姫の顔合わせの宴だったのですから・・・。お願いがある、籐少納言。今来ている誘いを全部お断りしてくれないかな・・・。多分すべてこのような宴だと思う・・・。」
「そうでしょうね・・・おかしいと思いましたのよずっと・・・。今までご招待を受けたお邸には年頃の姫様がいるところばかりで・・・。宮様は綾乃様一途であられますし・・・。分かりました。それとなくお断りの文を急いで出しておきますわ。」
「ありがとう。籐少納言。早く正式に父上から婚約をお許ししていただかなければ・・・。明日は宿直だから頼んだよ・・・。さあ、今日は疲れた。寝所の用意を・・・。」

ひと月前の兵部卿宮のことといい、今回の縁談の宴といい、ますます悩みの絶えない中務卿宮はこのような時こそ綾乃が側にいてくれたらと思うのでした。

 次の日内裏に参内すると、昨日の宴の件が内裏中に広がっており、今まで下心ありの宴を催していた殿上人達が、中務卿宮に詰め寄る。

「中務卿宮様、どういうことなのでしょう・・・。昨日の件を噂で聞いた当家の姫は寝込んでしまいましたよ。」
「まだ権中納言殿は良いではないか!うちの二の姫は目の前でお断りされたのですよ!今朝も起きてこず食事ものどを通らないと・・・。」
「うちの姫は恋煩いで・・・。」
「うちの姫は一緒になれるのなら尼になると・・・。」
「うちはせっかく楽しみにしていた姫が、宮さまが参加しないと聞き、泣き崩れて・・・。」

中務卿宮は勢いに負けて、何も話すことが出来ないまま、殿上の間の片隅に座り込んでいる。それでもなお、たくさんの殿上人が詰め寄ってくるので、見るに見かねた右大将が助け舟を出す。

「皆様方、そのように宮様をお責めになられても・・・・。大変お困りのご様子・・・。例えたくさんのお申し入れがあったと致しましても、数は限られます。まして帝のお許しがないと・・・。宮様の意向を無視して勝手にこのような事をされるからこうなってしまうのですよ。自業自得というものです。さ、宮様、帝がお呼びですよ。」

中務卿宮は立ち上がって詰め寄ってきた殿上人を掻き分けて帝の御前に参内した。御前に座るとため息を一つついて、帝に申し上げる。

「何か御用ですか?」
「雅和、お前が願い出たのではないか?」
「そ、そうでしたね・・・。」
「殿上の間の声がこちらまで良く聞こえたよ・・・。昨日の件は私の耳のも入ってきた。庚申待ちの宴のあと当たりから、続々と中務卿宮妃の申し入れがあるのは確か。あと二月後に東宮妃入内があるので、中務卿宮妃内定の件は先延ばしにしていたのだが、もう一刻を争うことになってしまったようだ・・・。多分今日の願い出はこれであろう・・・。」
「はい・・・。このままだと色々綾乃の耳にも入ってくるので、かわいそうなのです。父上、今すぐにでも宣旨を戴けないでしょうか・・・。」
「分かりました。・・・参議、右大将殿をこちらへ・・・。」

少し経つと、右大将が参内する。

「お呼びでしょうか・・・。」
「うむ。あなたには大変待たせたことです。あなたの姫君と中務卿宮との正式な婚約を許可します。婚儀については未定ですが、右大将殿、中務卿宮よろしいですか?。参議、関白殿にそのように伝えなさい。」
「御意。」

この日の午後、中務省を通して中務卿宮妃内定の宣旨が下った。もちろんそのことは帝の命婦によって綾乃に伝えられ、都中に広がった。この発表に嘆き悲しんだ姫君はたくさんいたという。



《作者からの一言》

モテモテですなあ^^;羨ましい^^;どうして東宮には縁談が少なくて、この中務卿宮には多いのだろうか?やはり家柄の問題???東宮妃になろうとするには相当の家柄、財力、地位がないといけないと思います^^;それらに自信がない人たちがこうして中務卿宮にアタックしてくるのでしょうか???(もちろん東三条摂関家の三条大納言二の姫はもちろん別ですよ^^;こちらの家は希望すれば東宮妃にでも帝の女御にでもなれる家柄です^^;)

第56章 庚申の宴
 庚申の日には庚申待ちが宮中や貴族の邸で行われた。これは、道教の伝説に基づくもので、人間の頭と腹と足には三尸(さんし)の虫(彭侯子・彭常子・命児子)がいて、いつもその人の悪事を監視しているという。三尸の虫は上尸・中尸・下尸の三種類で、上尸の虫は道士の姿、中尸の虫は獣の姿、下尸の虫は牛の頭に人の足の姿をしている。大きさはどれも二寸とされ、人間が生れ落ちるときから体内にいるとされる。庚申に眠ると体から抜け出し、天帝にその人間の罪悪を告げ、その人間の命を縮めるとされることから、庚申の夜は眠らずにすごすようになった。一人では夜を過ごすことは難しいことから、人を集め会場を決めて庚申待ちが行われ一晩中寝ないで過ごすのである。

 この日は中務卿宮が出仕して初めての庚申待ちの宴の日である。豊楽院に公達が集まって一晩中管弦の宴を行う予定になっている。もちろん中務卿宮も得意の龍笛を持参して参加した。

「右大将殿、私は初めてこのような場所でこの龍笛を披露するのですが・・・自信がありません・・・。」
「何を言われますか。このひと月の間、この私と対等に合わす事が出来たのですから大丈夫です。」

右大将の源家は雅楽が堪能で有名な源博雅を祖とする一家で特に右大将は琵琶が得意である。この日のために中務卿宮は龍笛を、右大将は琵琶を二人であわせて練習をしていた。この日は帝や皇后、中宮も臨席して、管弦の宴を楽しんだ。

「帝、次は中務卿宮と右大将様の合わせですわ。楽しみですわ。ねえ和子様。」
「久しぶりに雅和の龍笛を聞ける。雅和は稀に見る腕の持ち主だ。そういえば、和子のお父上も得意でいらしたね。」
「はい、生前父は雅和が小さい頃より龍笛を仕込んでおりました。あの龍笛は父の遺品なのです。」

中宮は緊張しながら二人の演奏を聴く。宴の参加者も皆、聴き入って誰もしゃべる者はいなかった。演奏が終了後、会場中大きな歓声が起こり、帝より杯を賜った。

「うむ。中務卿宮、さらに腕を磨かれた。右大将もさすがである。」
二人は頭を下げて、その場を下がった。公達の演奏が終わると、雅楽寮の者達が代わる代わる演奏を続ける。その間公達たちは飲んだり話したりと和気あいあいと宴を楽しんでいる。すると右大将の横に例の兵部卿宮が座り話しかけてくる。

「あなたの若い頃によく似ておられる・・・中務卿宮様は・・・。管弦に秀でておられ、あの時もこのような庚申待ちの夜・・・。今でもついこの間のように・・・ねえ右大将殿。」

そういうとさらに右大将の側詰め寄ってくる。

「もうあなたとは関わりたくはありません。」
「ではなぜ今まで独身のままでおられるのでしょう・・・。お子様も姫一人・・・。」
「あなたと一緒にしないでください。私の場合は、姫の母君が忘れられないから結婚に踏み切れないだけです。あなたとの関係もあの時一度きりです!」

 これは二十年程前、まだ右大将が右衛門佐だった頃のお話。あの時も同じように庚申待ちの宴に参加していた右衛門佐は初めて参加した管弦の宴で初めて琵琶を披露して先代の帝にたいそう褒められた。そして酒宴が始まり、慣れない酒の匂いに酔ってしまったのか、宴を抜け出し、朝堂院の応天門に座って月を眺めていた。そこへ兵部卿宮が現れた。

「あなたは先程見事な琵琶を弾かれた右衛門佐。あの時は本当にすばらしいと思いましたよ。」
「兵部卿宮様、お褒め頂きありがとうございます。」
「ちょっと話がしたい、兵部省の私の部屋へどうかな?」

位が高い方でもあり、帝の末の弟宮であったので、断ることも出来ず右衛門佐は兵部卿宮に連れられて兵部卿宮の部屋に入った。部屋に入ると兵部卿宮は鍵を閉め、右衛門佐に詰め寄る。

「前々からあなたの事を想っていたのですよ。とても可愛らしい人だ・・・。今夜この私と一晩・・・。」
「え?」

兵部卿宮は右衛門佐を押し倒し、口をふさぐ。

「右衛門佐、声を出しても誰も来ませんよ。私の言いなりになっている方が身のためです。さあ諦めなさい。私のものになりなさい。」

右衛門佐は逃げようとしたが逃げられず、ある一線を越えてしまった。それ以来何度も誘われたが、きっぱり断るようになり、兵部卿宮も他にいい人を見つけたのか、ある日を境に声をかけられることがなくなった。ちなみに帝が臣籍の頃で、出仕間もない時も同じようなことが起こったが、未遂に終わっていた。未だその男色家であるようで、度々出仕したての者が狙われている。もちろん今は中務卿宮が狙われているのは言うまでもない。

 案の定まだ酒に慣れていない中務卿宮は会場を抜け出して、豊楽門に腰掛けて愛用の龍笛を吹きながら物思いにふけていた。

(綾乃は今日何をしているのかな・・・。今からこのまま大内裏を抜けて五条邸に行ってみようかな・・・。)

中務卿宮は綾乃の事を思い出すと幸せそうな顔で微笑んだ。

「愛しい人でもおられるのでしょうか?中務卿宮。」

中務卿宮は愛用の龍笛を懐にしまうと、声のするほうを振り返る。

「兵部卿宮。許婚の姫のことを想っていたのです。このように同じ月を見ているのかと・・・。」
「許婚がおられると?初耳です・・・。」
「まだ正式には発表されていないのですが、とても可憐で愛しい姫なのです。」

すると後ろから兵部卿宮は中務卿宮に抱きついた。

「愛しい中務卿宮。こんなに愛しいのにあなたは他の姫を想われている。とても心苦しい・・・。」

すると兵部卿宮は無理やり中務卿宮にキスをする。

(綾乃ともまだキスしてないのに!!)

中務卿宮は力いっぱい兵部卿宮を叩き、離そうとした。

「中務卿宮様!」

兵部卿宮はその声に驚くと中務卿宮を離した。その隙に中務卿宮は逃げ出し、声のするほうに走った。

「中務卿宮様、危ないところでした・・・。私が目を話した隙に・・・。申し訳ありません・・・。さ、帰りましょう。五条邸までお連れします。」
「右大将殿・・・。」

中務卿宮は涙を一杯に溜めて、右大将の後ろに隠れた。

「恐れ多くも帝の二の宮にまで手を出されるとは・・・。兵部卿宮様このことは帝に報告させていただきます。では失礼します!」

そういうと中務卿宮を連れて五条邸に帰っていった。



《作者からの一言》

ついに手を出してしまった兵部卿宮・・・。もちろんこれで終わってよかったですね^^;しかし、右大将の初めての×××は兵部卿宮ってことです^^;綾乃の母である皇后綾子ではありませんでした^^;こういう手のことは書くのが苦手です^^;男同士の×××など^^;

ところであの後中務卿宮は綾乃のいる五条邸まで行ったのですが、ただ行っただけです^^;行って右大将と管弦を合わせたり、しただけですよ^^;決して綾乃といちゃついたりなどしていません^^;まだ婚約は正式には帝に許されていませんから^^;もちろんキスなどしていません^^;でも初キスが男と・・・^^;きっと綾乃には言えない秘密でしょうね^^;アセアセ

第55章 新中務卿宮の初出仕
 今日から中務卿宮は初出仕となる。綾乃と共に朝餉を済ますと、束帯に着替える。

「綾乃、どう?着慣れてないからちょっと苦しいかな・・・。」

綾乃は微笑んで顔を赤らめて宮を見つめた。

「宮様、右大将様がお迎えに・・・。」
「うん、わかった。綾乃、行ってくるよ。」

綾乃は車まで宮を送ると、右大将が綾乃に言う。

「綾乃、帰りに迎えに来るから、今日はこちらでゆっくりなさい。さ、中務卿宮行きましょうか。」
「はい。じゃあ、綾乃行ってくるね。」

綾乃は中務卿宮に手を振って見送った。

「宮、今日は帝の御前にて初出仕のご報告の後、各中務省管轄の役所に挨拶回りをして頂きます。いいですか、特に中務省は帝の補佐や、詔勅の宣下や叙位など、朝廷に関する重要な職務の全般を担っています。また、この官庁は朝廷の事務一般を扱うために職掌が広く、輔、丞、録の四等官のほかに、帝に近侍する侍従、宮中の警備、雑役及び行幸の際の警護役たる内舎人、詔勅や宣命及び位記を作成する大内記等、大蔵省や内蔵寮等の出納役たる大監物等、駅鈴や伝符の出納役たる大主鈴等並びに大典鑰等が中務省直属となります。あと、中宮職 、大舎人寮 、図書寮 、内蔵寮 、縫殿寮、陰陽寮 、内匠寮も中務省の管轄となります。とても色々大変なところの長官となられますので、たくさん学ばなければならないことは多いと思いますが、次官がお手伝いしていただけると思うので、少しずつ仕事に慣れるようにお願いします。」
「大変なのですね・・・中務は・・・亡きお爺様はすごいお人なのですね・・・。」
「そうですね。とても気さくで信頼も厚い方であったと聞いております。」

車の中で右大将の話を聞き、宮は大変緊張した様子で、大内裏に向かう。内裏に入ると様々な公達や役人達がたくさんおり。宮は大変驚いた。内裏に入っても今まで気付かなかった人の多さにも驚く。そしてきょろきょろと辺りを見回す。それを見た右大将は微笑んだ。帝に初出仕の挨拶を終えた後、中務省に行こうとしたとき、声をかけられた。

「右大将殿、本日は見慣れない可愛い人をお連れですね。」
「あ、これはこれは兵部卿宮様・・・。こちらは本日より初出仕あそばした、新中務卿宮様。」
「ほう・・・ということは帝の二の宮様であられますか・・・。なんとかわいらしい・・・。」

そういうと一礼をして兵部卿宮は立ち去って行った。

「兵部卿宮?」
「恐れ多くも先代の帝の一番末の弟宮様であられるのですが・・・。少し変わったところがおありでして・・・。宮様に申し上げてよいものであろうか・・・。男色家の方であられるのですよ。お気をつけください。実は私も・・・いえいえこの話はなかったことに・・・。」
「男色家?」
「あれですよ、あれ・・・。男の方が好きなのですよ。」

右大将は焦った様子で顔を赤くして答えた。

(男色家ねえ・・・。)

 中務省に着くと、やはり八省の中で一番忙しい省のようで、中では色々な役人達が走り回っている。宮は圧倒されて、声を失っていた。

「さ、今日から宮様が勤められる中務省ですよ。さて、誰か権大輔源光安殿は居らぬか?」

すると奥から権大輔がやってきた。

「これはこれは・・・右大将様。」
「権大輔殿、中務卿宮様をお連れしたのだが・・・。」

権大輔は頭を下げて二人を中務卿宮用の部屋に通した。中務卿宮は緊張のためか、固まっている。

「これは新中務卿宮様。私は権大輔源光安と申します。何かわからない事があればこの私に何なりとお申し付けくださいますようお願い申し上げます。」
「はい、こちらこそ・・・。」

小さな言葉で答える中務卿宮に右大将はちょっと心配した眼差し見つめていう。

「本来でしたら、元中務卿宮であられた亡き先の右大臣殿がこちらに来られるべきでしたが・・・。私も余りこちらの事に関して詳しい内容は知りませんので、長い間空席であった中務卿の代わりを取り仕切っていらした権大輔殿に、この宮様をお任せしようと思っております。よろしいですか?権大輔殿。」
「は、お任せください。亡き右大臣様が中務卿であられたときこの私に良くしていただきましたので、恩を返すつもりで、宮様をご指導し立派な中務卿宮様になられますよう、努力いたします。」
「お願いしますよ。いくら私が後見人とはいえ、私も近衛府の仕事がありますので、いつも一緒にいるわけにはいきません。宮様、この権大輔は私の遠縁に当たりますので、ご安心を・・・。またこちらに迎えに上がりますので、お勤めがんばってください。では私は右近衛府にいますので、何かあればそちらに・・・。」

そういうと右大将は退出していった。とても緊張している宮は、権大輔の言葉が耳に入っていない様子いる。そこへ内裏より使いの者がやってくる。

「中務卿宮様はこちらにおられますか?帝が参内せよとの仰せですが・・・。」
「はいわかりました。権大輔殿、後はよろしくお願いします。」

中務卿宮はうれしそうに中務省を出て内裏に向かう。すると途中で兵部卿宮とすれ違い、声をかけられる。

「おやおや可愛らしい小さな中務卿宮様。どちらへ?」
「父上いえ帝のところへ。」
「それはそれは・・・あなたと私は同じ宮家、また私の邸に遊びにおいでください。」
「また後ほど・・・。では失礼します。」

兵部卿宮は不思議な笑みで元気いっぱい走って内裏に入っていく中務卿宮を見つめた。

(なんと元気で可愛らしい・・・若き日の右大将殿や帝のよう・・・。気に入りました。)

兵部卿宮と右大将や帝の昔の不思議な仲は後ほど・・・。さて、清涼殿に着いた中務卿宮は帝の御前に参内する。そして帝は中務卿宮を御簾の中に導き、話をする。

「雅和、どうかな初出仕は?何か困ったことでもあったのかな・・・。」
「いえ、色々指導してくれる権大輔殿はとても良い方で・・・何とかやっていけそうに思います。でもお爺様があんなに大変な役職を難なくこなされていたなんて・・・。」
「あの中務は忙しい分、人も多い。全部一手に引き受けなくてもいいのだよ。そのために権大輔殿がおられる。徐々に慣れればいいのだから・・・。他に何か聞きたいことはないか?」
「あの・・・仕事の件ではないのですが・・・男色家って何ですか?」

帝はその言葉に驚き言葉を失ったが、困った顔で悩んでいる様子の中務卿宮を見て、中務卿宮を近くに呼び耳元で囁いた。

「男色家というのはですね、普通男なら女性を好むのですが、反対に男が男を好む人の事を言うのですよ・・・。でもそのようなことどこから?」
「あの・・・中務に行く前に兵部卿宮に会ったのですが、その後右大将殿にあの方は男色家だから気をつけなさいと・・・。」
「そうか・・・ありえる話ですね・・・。兵部卿宮は、根は良い方なのですがあちらの方がね・・・。ですから今でも独身で・・・色々被害があるのは確かです・・・。」

帝は赤い顔をして中務卿宮に答える。まだ不思議そうな顔をしている中務卿宮に、帝はそれ以上の事は言わなかった。

「あと一つ・・・父上、いえ帝にお許しを頂きたいことがあります。あの・・・綾乃との婚儀のお許しをいただきたいと思いまして・・・。」
「うむ・・・。許してあげたいのは山々だが、まだ雅和は元服したばかり。綾乃もまだ十三。まだ焦る必要はないのではないかと思う。あと二、三年してからでも遅くはないと思うのだが・・・。婚約ということでなら正式に発表してもよろしいが、婚儀となるとまだあなたは無理というもの。分かってくれるね、雅和。」
「はい・・・。御前失礼致します・・・。」

中務卿宮はうなだれた様子で、退出する。そして中務省に戻るとまた部屋に入るなり、憂鬱な表情で、座り込む。

「あ、中務卿宮様。今お帰りになられましたか。早速なのですが、これらに目を通していただきたいのですが・・・。まずこれは陰陽寮からの文、これは中宮職、これは春宮坊、等すべて報告書となっております。あとひと月後に行われます庚申の日について・・・。」

そういうと権大輔は中務卿宮の前にどさっと報告書や文をのせる。

「結構ありますね・・・。」
「今日はまだ序の口ですよ。今回の庚申の日は管弦の宴などどうかと思っております。また、庚申の月の宴もそろそろ準備しないと・・・。」
「まだ五ヶ月も先なのに・・・。庚申待ちの宴に関してはあなたに一任します。まだ良く分からないので・・・。」

中務卿宮は報告書を一つずつ丁寧に読み、わからない事を一つずつ権大輔に聞く。権大輔は分かりやすいように丁寧に説明をしていった。やっと読み終わったあと、右大将が迎えに来た。

「もう終わられましたか?宮様。権大輔殿、中務卿宮様のご様子はいかがでしたか?」
「右大将様。宮様は飲み込みが早く、本当に先が楽しみなお方です。さすが、臣籍の頃から優秀であられた帝の二の宮様であり、亡き元中務卿宮様のお孫様。この分でしたら私の出る幕はなくなってしまうのでしょうね。さ、宮様、退出されても結構ですよ。」

中務卿宮は権大輔に挨拶をすると、中務省を退出して二条院に戻ってきた。中務卿宮は大変疲れた様子で、直衣に着替えると、夕餉を食べる暇なく脇息にもたれかかって、眠ってしまった。綾乃は中務卿宮に単をかぶせると、別れの挨拶が出来ぬまま、二条院を右大将と共に去っていった。夜が更け、乳母が起こしに来る。

「宮様、このような場所ではお風邪を召しますわ。さ、寝所へ・・・。」
「ん?綾乃は?」

中務卿宮はきょろきょろした様子で部屋中を見渡した。部屋には綾乃の香の香りが残っていたが、姿はなかった。

「綾乃様は右大将様と一緒に五条邸にお戻りあそばしましたわ。宮様が眠ってしまわれたのでとても残念そうな顔をされて・・・。さ、寝所へ。」
「そう・・・綾乃に悪い事をしてしまったね。明日文でも贈っておく・・・さあ、明日からは一人で参内しなきゃね・・・。おやすみ・・・。」

そういうと、寝所に潜り込み、中務卿宮は朝までぐっすりと眠った。



《作者からの一言》

やはり出ました^^;男色家!とても可愛らしい顔をした中務卿宮を狙っています^^;きゃ~~~~~~!どうする?

まぁこれはいいとして、さあ、中務での仕事始めです。出仕などしたことのない宮のとって大変な仕事内容だと思います^^;もともと大変な役所なので、八省の中でも一番位が高く設定されています。適任の宮がいないときは空席の時があるそうです^^;ちゃんと仕事をこなすことができるのか?

第54章 二の宮元服
 「聞いたか?二の宮様の加冠役。」
「聞いた聞いた。あの従三位右近大将源朝臣将直様だと。ということはこれといった後見人のおられない中宮様と二の宮様の後見人をされるってことだな。御親戚でもないのになぜだろう。」
「知らないのかい?右近大将様の姫が副臥役をされるらしいぞ。だからではないか?」
「ということは、二の宮様の妃になるのかね。なるほど、それで加冠役を・・・。」

このような噂が二の宮の元服式が近づくにつれ都中に広がった。もちろん正式には二の宮の綾乃の婚約は発表されてはいない。二の宮は中宮の実家である二条院に入り、元服の準備を整えている。

「明日は二の宮の元服ですね。早いものであなたが生まれて十五年。小さく生まれながらもこのように立派に成長された。きっと亡くなった息子も二の宮の立派な姿を見たかったであろうに・・・。」
「曾おじい様。これからはこちらで暮らすことになりますが、よろしくお願いします。」
「何を言うのでしょう。あなたはここ十年以上も空席であった我が宮家が代々就いている中務卿に就かれる。そして後見の方も源将直殿が快く受けていただいた上に、妃も迎えられる。爺はこの上なくうれしいのですよ。これも帝と中宮和姫のおかげ。」

二の宮の曽祖父宮はうれし泣きをする。

 次の日二の宮は挨拶のため後宮を訪れ、皇后や中宮に挨拶をする。母宮の中宮は最後の童姿をじっくりと眺めて喜び涙する。

「二の宮、あなたは元服のお式が終わると中務卿宮として帝や東宮をお助けしなければなりません。帝の二の宮であられますが、今までと違って出仕したからには甘えは許されません。また他の殿上人達を始め、中務省の者とも仲良く力をあわせて・・・。あなたの亡きお爺様は中務卿宮として先代の帝を立て、信頼も厚く大変立派な方でした。今度はあなたが亡きお爺様の遺志を継ぎ、立派な公達になられますよう母は影ながらお祈りしていますよ。」

二の宮は中宮に頭を下げると、式の行われる紫宸殿へ向かった。紫宸殿には続々と儀礼参加のために公達たちが集まり、今か今かと始まるのを待つ。高御座に帝と皇后が座ると、皆は頭を下げる。二の宮は束帯を着て現れると、いままでの角髪を下ろし、冠下の髻を結い、加冠役の右近大将が二の宮に冠をつけて二の宮は中務卿宮雅和親王として正式に元服した。

 すべての儀礼や宴が終わり、新中務卿宮は新居となる二条院に入る。

「二の宮、元服おめでとうございます。今日からあなたがこの邸の主です。もう爺は身を引き、縁の寺へ・・・。」
「曾お爺様、このままずっとこちらにおられるのではないのですか?」
「いえ、私は亡き息子の代わりのこの邸を守って来たのですから・・・。さあ、今日は色々お疲れでしょう。籐少納言、宮様を寝所へ・・・。」

乳母が、新しい寝所を案内する。元服にあわせて調度やすべての物が新調され、真新しい匂いがする。やはり今までの対の屋とは違い、寝殿の寝所は広い。二の宮は着慣れない束帯を脱ぎ、小袖姿になった。

「宮様、本日は副臥役が寝所を共にされますので・・・。ごゆっくりお過ごしを・・・。朝いつもの時間に起こしに参りますわ。では、御前失礼致します。」

そういうと籐少納言は寝所を下がっていった。二の宮は御帳台に入ると、中には小袖姿の姫君がいた。

「宮様、元服おめでとうございます。今夜副臥役をさせていただくことになりました。右近大将の娘綾乃と申します。」

綾乃は深々と頭を下げ挨拶をする。二の宮と綾乃は久しぶりの対面となる。

「久しぶりだね。綾乃。少し見ない間に大人っぽくなったね。」
「宮様、私は裳着が終わりましたもの。宮様も元服を終えられ、素敵になられましたわ。」
「そうだ、去年の夏に初めて私が綾乃に差し上げた文のちゃんとした返事、もうもらえるのでしょ。」

綾乃は微笑んで、返事をする。


『今はもう花、花が咲いてとてもいい香りがしてくるでしょう。』


と綾乃はすらすらと歌を詠む。

「あの頃はまだ裳着前で宮様の気持ちにはお答えできませんでしたが、こうして宮様も綾乃も大人になったのです。」

二の宮はとても喜んだ様子で綾乃に向かって言う。

「じゃ、綾乃は僕のところにきてくれるの?」
「はい。綾乃でよければ・・・。」

二人は向かい合って照れながら楽しそうに色々一晩中話していた。



《作者からの一言》

二の宮の元服です。親王はどこで元服するのか不明なので、一応内裏でさせていただきました^^;どのような儀式さえわかりませんので、こんなものかと想像しながら・・・。

副臥役の綾乃・・・。親王の元服の際には副臥役という姫君が寝所に入るらしいです^^;そのまま・・・って事もあるらしいのですが・・・。本当にこの二人は何もなかったのかしら????

第53章 東宮の求婚
 綾乃が後宮を去る日がやってきた。綾乃は朝から各所に右大将とともに挨拶に行った。麗景殿では中宮と二の宮が待っていた。

「まあ、もうそのような日が来てしまいましたのね。綾乃のかわいらしい笑顔が見ることが出来ないなんてね・・・。ねえ二の宮。」
「そうだね。寂しくなるね。綾乃、文を書いてもいいかな・・・。」
「もちろん。二の宮様なら大歓迎です。楽しみに待っています。ではまだまわらないといけないところがあるので、これで・・・。」

二の宮は悲しそうな顔で綾乃を見つめた。中宮は去っていく綾乃を見とどけると、二の宮に言う。

「雅和、あなたと綾乃の件は内定しているのですよ。元服さえ終われば、正式な婚約が出来るのですから。」
「そうですね・・・。」

一方弘徽殿に挨拶に来た綾乃は皇后をはじめ内親王たちに挨拶をする。皇后は綾乃を大変可愛がっていたので、後宮から去ることにとても悲しい顔をして対応をする。内親王たちも、綾乃の手を取り涙する。

「さあ綾乃、もういいだろう・・・。」
「はい、父様・・・。」

右大将と綾乃が退出しようとすると、前から東宮がやってきた。右大将は端により深々と頭を下げて東宮が通り過ぎるのを待った。

「綾乃、無礼ですよ、さ、こちらへ退きなさい。」

綾乃は右大将に言われたとおり、端に寄り座って頭を下げる。すると、東宮は綾乃の前で止まり、声をかける。

「間に合ってよかった・・・。綾乃、これを・・・。」

東宮は桔梗の花を綾乃に渡すと、微笑んで、もと来た方に戻っていった。桔梗の花には文がつけてあった。綾乃は帰りの車の中で、東宮に頂いた文を開き内容を確かめる。

『他の花になるそうだけど、春の花になってみるのもいかがでしょうか  東宮雅孝』
(他の人の所へ嫁ぐそうだけど、私の妃になってはどうですか?)

綾乃は東宮の歌を見て顔が赤くなった。その様子を見た右大将は綾乃に聞く。

「綾乃、何が書かれていたのでしょう。わざわざ直接東宮から文をいただくなんてね・・・。普通なら女童とか、殿上童を使うのでしょうが、よっぽどお急ぎであったらしい・・・。」

綾乃は右大将に文を見せる。

「父様・・・東宮様に求婚されちゃった・・・。どうしたらいいの?」
「きっと綾乃をからかっておられるのであろう・・・。弟宮様のほうが先に妃を迎えるものだから・・・。帝も東宮が何を言われてもお許しにはならないと思うから、そのままにしていいよ。変に返事したら求婚を受けてしまったことになるからね・・・。いいかい。父様に任せなさい。」

このあとピタッと東宮からの文は届かず、やはりいたずらか何かであろうと安心したが、、裳着を終えた途端また東宮からの文が毎日のように送られてくる。このことが都中に広まり、綾乃が東宮妃になるのではないかという噂が流れ始めた。右大将も、参内すると様々な人たちに声をかけられ、困り果てる。

「これはこれは右大将殿・・・。あなたの姫君は幸せものですなあ・・・。副臥役であった当家の姫を差し置いて・・・。」
「内大臣様・・・うちの姫は他に嫁ぐところが内定しておりますので・・・。東宮に入内など・・・。」
「またまた・・・。右大将殿は帝の信頼も厚く、どこに行くにもいつも側に・・・。従六位から始められたあなたがここまで上ってこられたのですから・・・。入内宣旨があるのも時間の問題ですなあ・・・。」
「いえいえ・・・そのようなことは・・・。」

(あるわけないだろ・・・異父兄妹なのだから・・・。帝も承知されているし・・・。ふう・・・帝にご相談してこの状況を何とかしていただかなければ・・・二の宮様がお可愛そうだ。)

右大将は早速帝に参内願いを出し、許可が出るのを殿上の間で待つ。待っている間も様々な殿上人が、綾乃の事を聞きに来る。

(ああ!うっとうしい!)

と右大将が苛立ちの表情をすると侍従が現れる。

「右近衛大将源朝臣将直様、帝がお待ちです。」

右大将は立ち上がって、帝の御前に上がる。

「もう来る頃だと思いましたよ右大将殿・・・。東宮のことで大変なことになってしまったね。そこではちょっと話せないので中へ入りなさい・・・。」

帝は側にいるものを遠ざけると、右大将を御簾の中にいれて話し出す。

「以前東宮にはあなたの姫に対する気持ちを告白されたことがありましたが、決して承知はしないと答えたつもりでした・・・。しかし、諦められなかったようですね。東宮は皇后に似て思ったら行動に移す性質なので、少し心配です。いずれ東宮を呼んで話さなければならないと思うのです。二の宮も今回のことで大変心を痛めたようで、いつこの私が綾乃を東宮妃として入内の宣旨をするとかと焦っているようなのですよ。今朝も朝早くからこちらに来て、早く元服をさせてくれないかと言うものでね。来年春から繰り上げて年明けにでもと考えている。そろそろ二の宮と綾乃の件に関して、公式に発表しないといけないな。よろしいかな。」
「御意に・・・。」

帝は、橘と晃を呼ぶ。

「橘、常寧殿で内密な話がしたい。用意を頼む。また皇后もそちらへ。橘晃、東宮御所へいって東宮を常寧殿へ殿上せよと伝えなさい。右大将殿も来て頂きたい。」

帝は右大将とともに後宮の常寧殿へ向かう。途中橘晃が血相を変えて走ってくる。

「申し上げます!東宮が御所にいらっしゃいません。今春宮坊のものを使いお探し申し上げておりますが・・・。東宮侍従の藤原隆哉もおらず、東宮の馬が一頭消えておりました。」
「しまった!右近殿、今すぐあなたの邸へ。そういえばあなたの母君は、二の宮との件反対だったね・・・。」
「はい、東宮妃のほうがふさわしいと・・・。今回の文の件も大変喜んでおり・・・。」
「あなたの母君もこちらへお連れしなさい。そうだ場所は東宮御所に変更だ。さあ急いで!晃も頼んだよ。」

右大将と参議は馬を借りて五条にある右大将邸へ向かった。

 その頃右大将邸では、綾乃は部屋で物語を読みながら過ごしている。すると綾乃の祖母が入ってくる。

「綾乃、お客様ですよ。小宰相、綾乃を着替えさせなさい。その格好では失礼ですよ。」
「誰?二の宮様?」
「まあ。もうこちらに・・・。」

祖母の後ろには立派な直衣を着た男が立っていた。

「いくら待っても返事が来ないので、我慢できずに御所を抜けて来てしまいました。綾乃・・・。」

綾乃は声のするほうを向く。

「東宮様・・・。」

いつの間にか綾乃の祖母は下がっていて、綾乃と東宮そして小宰相のみとなっていた。

「恐れながら、姫様は東宮様の弟宮二の宮様の許婚であられます。このような事をされますと・・・。」
「小宰相は退いてなさい!二の宮はまだ元服もしていない半人前。いくら許婚だとしても、まだ正式には宣旨を受けていないのだから、この私の妃に迎えても・・・。」

小宰相はがんとして綾乃の側を離れず、泣きながら東宮に申し上げる。

「おやめください!綾乃姫様は恐れ多くも東宮様の妹君・・・・あ・・・。」
「小宰相、今なんていった?この私の妹・・・・?」

この一言と同時に右大将が綾乃の部屋に入ってきた。そして右大将は小宰相に言った。

「小宰相・・・。」
「大将様、申し訳ありません・・・姫様のためについ・・・。」
「父様、綾乃って誰の子なの?」

と、綾乃は右大将のもとに走ってしがみつき言う。

「とりあえず、この件に関して帝からご報告がある。東宮様も帝がお呼びです。母上も、来ていただきたいと・・・。さ、もうそろそろ車の用意が整うと思うので・・・。」

皆が東宮御所に到着し、帝の待つ一室に集まった。すると帝は関係者以外を遠ざける。そして帝は右大将にこの件に関して言わせる。

「恐れ多くも、帝の口からではとても失礼な内容ゆえ、この私がこの件に関して言わせていただきます。よろしいですか、東宮様。」

東宮は首を縦に振り、右大将の話に耳を傾ける。

「綾乃の父は私ですが、母は・・・母は皇后綾子様なのです。私は始め皇后様とは知らず、密通してしまい、皇后様と知ってからも気持ちが抑えられず私の子を身籠られたのです。そして生まれるまでの間、宇治の別邸でお預かりし、生まれた綾乃を私が引き取った。もちろんこのことは知られてはいけないことであったので、母は亡くなってしまった事にして、ここまで育てたのです。帝はこのことに関して薄々知っておられ、ある条件を呑むことで、密通の事実をお許しいただきました。この件に関しては帝、皇后様、私の秘密にしておこうと思っておりましたが、今回東宮様が綾乃を見初めてしまったことで、帝と相談した上綾乃の出生について話すこととなりました。」

すると御簾の中から皇后が出てきて右大将の母君の前に座る。

「将直様の母上様、ご無沙汰しておりました。綾乃のことお任せさせてばかりで申し訳なく思っております。」

そういうと皇后は深々と母君に頭を下げる。

「皇后様、そのようなことはやめてください。本当に皇后様はあの月姫様?確かにお顔は・・・。綾乃、確かにあなたの母様ですよ。」
「皇后様が母様?だから出仕していた時まるで母様のように接してくれていたのですか?」

皇后は綾乃を抱きしめて言う。

「綾乃、このような母でも許していただけますか?このような立場ではなかったら、あなたの父様と一緒に暮らせたのですがそれも出来ず、帝の思し召しであなたと二年間同じ後宮内で生活が出来ました。」

綾乃は首を縦に振り、母と会えた喜びで涙した。すると東宮が立ち上がり、部屋を出て行こうとした。

「東宮!」
「母上、私はそのようなこと認めません。」

東宮は部屋を出て自分の寝所に潜り込んだ。皇后は東宮を追いかけていった。

「雅孝・・・許してください。この母を・・・。」
「母上がそのような方だと思いませんでした。私が小さい頃より父上と母上はこの上ないほど仲が良く母上は私の理想でした。それが右大将殿と密通していたなど・・・。父上も父上だ。」
「あの時、私は精神的に病んでいたのです。あなたや孝子を側におくことが出来ず、帝も公務が忙しいために夜のお渡りもなかったのです。寂しさのあまりこのような大罪を・・・。しかし私はあの方のおかげで救われました。雅孝・・・。」
「母上、考えさせてください。急にいろいろありすぎて・・・。そっとして置いてください。」

皇后は東宮の部屋をそっと出て行くと、もとの部屋に戻っていった。そして少し経つと、東宮が現れ、言った。

「わかりました。綾乃のことは諦めます。ただし義理の妹として扱ってもいいでしょうか?父上。綾乃は二の宮の許婚ですからね。」
「東宮、それなら構わないよ。あなたの義理の妹としてなら・・・。」
「ありがとうございます父上。さあ私もそろそろ二の宮の許婚に負けないような美しい姫を選ばないといけませんね。まずは内大臣の結姫を・・・。」

東宮はいつもの笑顔に戻り、部屋に戻って行った。もちろんこのあと、綾乃には一切東宮からの恋文は届かず、内大臣家の姫の入内宣旨があったために、綾乃の入内の噂は都中からなくなってしまったのです。



《作者からの一言》

東宮の初恋は終わりましたまぁいろいろあったことに理解したのは確かですが、相当ショックでしょうね^^;理想の夫婦像であった帝と皇后の間にこのようなことがあったのですから^^;普通理解は出来ないでしょう^^;私ならグレます^^;もちろんこのことは二の宮は知りません^^;この先ずっと・・・。

第52章 二の宮の初恋
 二年の月日が経ち、綾乃は後宮に馴染み楽しい毎日を過ごしていた。綾乃は女童には珍しく、桐壺を賜った。後宮の女官達は綾乃の特別待遇に色々噂をしたが、綾乃は気にせず有意義な毎日を送っている。

この日は内親王たちの呼び出しがなく、とても気持ちのいい風が流れてきていたので、すのこ縁に座って孝子内親王に借りた物語を読んでいた。

「綾乃!」

二の宮が、綾乃の姿を見るなり、綾乃のほうに走ってきた。そして息を切らしながら、手に持ったものを綾乃に渡した。

「二の宮様、これは?」
「橘の花だよ。綾乃が好きって言っていたから、父上に頼んで今年初めての右近の橘の花を頂いたのです。」

二の宮は顔を真っ赤にして綾乃に橘の花を渡すと、さっと立ち去って行った。すると橘の枝には文が付けられていた。一緒にいた小宰相はそれに気付き綾乃に言った。

「まあ、二の宮様ったら・・・。ちゃんと姫様の一番お好きな花をご存知でしたのね。それもあの右近の橘の花をわざわざ・・・。」

綾乃は恥ずかしそうについている文を読んだ。


『今年一番の花をあなたに差し上げます。あなたのようにとても可愛く、素敵な香りがするのですから・・・。 雅和』


(これって・・・)

綾乃は小宰相に文を見せると、小宰相は興奮して言う。

「まあ!二の宮様ったら、姫の事をお好きなのですわ。返事はどうなされますか?」
「これってやはり恋文なの?綾乃はまだ・・・。返事しなきゃいけない?どう返事すればいい?」

小宰相は首を縦に振ると、部屋から御料紙と筆を持ってきて返事を勧める。綾乃は何かすらすらと書き始めると、小宰相に梨壺の二の宮のところへ持って行かせる。それを受取った二の宮は大変喜んで返事を確かめた。


『まだつぼみです。もう少ししたら花が咲きよい香りがするのでしょうね。 綾乃』
(もうちょっと待っていてください。二の宮様と綾乃が大人になったらよい返事をしますよ。)


というような内容であったので、二の宮は残念そうな顔をして考え込む。すると何かを思いついたのか、立ち上がって母宮である麗景殿の中宮のところへ出向いた。

「母上、もう僕は十四です。早く元服できませんか。」

中宮は急な二の宮の発言に驚いた。

「雅和、何を急に言うのですか?来年の春と決まっているでしょう。まあ落ち着いて・・・。どうかしたのですか?」
「好きな姫がいて、まだ元服してない子供だからと・・・。」
「まあどちらの姫かしら?綾乃姫かしら?」

二の宮は赤い顔をして下を向いたのを見て、中宮はため息をつく。

「あなたにまだ言うべき事ではないのでしょうけれど・・・。帝にお聞きしないとねえ・・・。母の口からはいえないのですよ。」
「母上!」
「ですから、勝手に母が言えることではないのです。」

二の宮は麗景殿を飛び出すと、清涼殿に向かった。そしてこっそりと清涼殿に忍び込むと、何か話し声が聞こえた。

(何だ、先客かあ・・・ちょっとここで待っておこう。)

そう思うと清涼殿の帝の寝所に隠れた。帝の話している相手は東宮のようで、人を遠ざけてなにやら話しているようであった。二の宮はそっと耳を傾け、話の内容を聞く。

「東宮、話とは?」
「父上、ぜひお聞き頂きたいことがありまして、こうして参内したのですが。」
「人を遠ざけた上の話だから何か大事なことなのだろうね。」
「先日父上はこの私にもうそろそろ東宮妃を考えてはどうかと仰せでしたが、私も十七です。色々考えては見たのですが、ずっと想っていた姫がいるのです。」

(なあんだ兄上の縁談の話ね・・・・。)

「ほう、東宮にそのような姫がいるとは初耳だね。それはどちらの姫かな?元服の折副臥役の内大臣の結子姫ですか?それとも他に・・・。」

すると東宮は間をおいて話す。

「まだ裳着を済ましてはいない姫なのですが、とてもかわいらしい姫なのですよ。利発で明るくて、そう、橘の花のような・・・。小さくて可憐な可愛い姫なのです。その姫の裳着が済みしだいすぐにでも・・・・。」

(兄上の好きな人って・・・・。もしかして・・・。)

「東宮、もしかしてそれは・・・・右大将殿の?」
「はい、綾乃を・・・・。」

すると二の宮は隠れている帝の寝所を飛び出し、叫ぶ。

「だめ!兄上!綾乃だけはだめ!」

帝と東宮は不意に出てきた二の宮に驚き言葉を失った。

「綾乃は僕がずっと好きだった姫だもん。母上も、綾乃ならいいですよって言ってくれたもん。たまにしか綾乃に会わない兄上に綾乃のどこがわかるの?」

帝はため息をついて、話し始める。

「東宮、あなたの願いを聞いてやりたいのだが、いろいろあって承知できないのですよ。もともとあの姫は東宮のためではなく、二の宮のために後宮に出仕させたのです。表面上は内親王たちの遊び相手としてだけれども・・・。」
「どうして雅和なら良くて東宮の私がだめなのですか?納得がいきません。」

帝はため息をついて、話し出す。

「東宮にはいずれ話さないといけないですね。本当に東宮は弘徽殿に似て、思った事をすぐ口にされ、頑固だね・・・。二の宮はどうしてこちらに来たのですか?先触れもなく。」
「父上に大事な話があったのですが、兄上の前では話しません。だって恋敵だから。また話します。」

そういうと二の宮は清涼殿を出て行った。そして麗景殿の中宮のもとにやって来る。

「父上様はご承知になられましたか?雅和。」
「言ってないもん。」

中宮は困り果てた様子で二の宮に言う。

「雅和、言ってもいいものだかわからないのですが、秋になれば綾乃は後宮を去るのですよ。すぐに裳着をされるって聞いたのだけど・・・。雅和の妹宮孝子様の裳着も終わられ、同じ歳の弾正尹宮様の親王様に嫁がれるのも決まっているし・・・。ずっと後宮に綾乃を引き止めておく必要はないのですよ。雅和も年が明けたら、大おじい様のいる二条院に移ることにもなっているのですから・・・。」
「知っているよ。この僕が元服したら母上のご実家が代々受け継いでいる中務卿宮になるのでしょ。父上もそれを望んでいるって・・・。」
「わかっているのでしたら、東宮の兄上様のようにしっかりお勉強をなさらないといけないわね。来年の春には中務卿宮として父上様や東宮様を助けていかなければならないのですよ。」

二の宮はふくれた顔をして麗景殿を出て行った。そして桐壺の綾乃のところへ行った。綾乃は二の宮にもらった橘の花を、顔を赤らめて眺めている。そこへ綾乃のもとに見たことのある女童が文を持って訪れ、綾乃に渡すと立ち去って行った。そしてうれしそうに文箱を開けると、文を読み始める。二の宮はそっとすのこ縁に座っている綾乃の横に座ると一言言う。

「その文は東宮からですか?」
「え?二の宮様。」
「いつも綾乃が兄上を見るときの顔と同じだから・・・。」

二の宮はふくれた顔をして三角座りをしている自分の膝に顔をうずめる。すると綾乃は笑った。

「何か勘違いされていませんか?二の宮様。よく御覧になって。」

そういうと、綾乃は二の宮に文を見せる。

「これは?」
「皇后様からよ。皇后様は歌がお上手だから添削してもらっているのよ。だって綾乃は宮家に嫁ぐのだもの。父様が、宮家に嫁いだら色々な宮家の方々との付き合いが多くなるからって。綾乃は歌が一番苦手だから、皇后様にお願いして教えていただいているのよ。」
「宮家に?」
「そう。そう父様が言っていたの。だからおうちに帰って裳着が済んだら、お妃教育をするの。この後宮に来たのもその一環だってこの前聞いたのよ。二の宮様?」

二の宮は立ち上がって梨壺に戻った。すると梨壺には中宮がやってきていた。

「母上?」

中宮は微笑んで声をかける。

「雅和、気になってこちらに来たのですけれど、どこに行っていたのですか?」
「桐壺です。綾乃が宮家に嫁ぐって聞いたのですがどちらの宮家なのですか?」

中宮は困った顔をしていう。

「先ほど帝にお許しを得たので言いますけれど、それはあなた、雅和ですよ。中務卿宮家に嫁いでいただくのよ。良かったわね雅和。」
「うん!そうだね母上。」

二の宮は一気に気分が晴れ、大変喜んだのです。



《作者からの一言》

二の宮雅和親王の初恋の話です。雅和は綾乃に出会ったその日に一目ぼれしてしまって、この二年という月日の間に恋焦がれて見守って来たのです。綾乃はもともと東宮が初恋であったのだけれども、ただの憧れであったと気付き、その上父右大将に宮家との婚約の事を聞き、初恋はなくなってしまったのです。もちろん綾乃は二の宮に嫁ぐ事を知っているので、二の宮を慕っているのです。(本当に好きなのかは疑問ですが・・・・。)でも東宮は初恋の相手である綾乃を諦められないようですね^^;

第51章 綾乃の新生活
 綾乃は内親王たちが住んでいる登華殿の一室を賜り、そちらで新しい生活を始める。綾乃の乳母小宰相と、数人の女房を右大将邸から連れてきた。決して広い部屋ではないが、小さな姫と数人の女房達が住むにはちょうどよい大きさだった。

昼間は楽しそうに振舞ってはいても、やはり子供なのか、夜になるとおうちが恋しくなり泣くので小宰相が姫を慰めながら、毎晩のように寝かしつける。するとある日、摂津が綾乃のもとにやってきた。


「小宰相、綾乃様は眠られましたか?」
「いえ、なかなか寝付かれず、まだ・・・。」
「それなら、弘徽殿にいらっしゃい。毎晩綾乃様がお泣きになられると聞いて皇后様がお呼びですよ。さあ、いらして。小宰相は寝ていていいわよ、毎晩寝不足でしょ。」


綾乃は摂津と共に弘徽殿の皇后のもとにやってきた。すると皇后は綾乃を迎え入れて前に座らせる。


「まあ、綾乃。毎晩泣いていると聞きましたよ。やはりおうちが恋しいのかしら?」


綾乃は首を横に振ると、下を向く。


「綾乃、嘘はいけませんよ。ちゃんと顔に書いてあります。今日はこちらに帝のお渡りがないので、こちらにいらっしゃい。私も今寝るところだから。」


皇后は寝所に綾乃を招きいれると、一緒に横になっていろいろ話す。


「綾乃、お邸にお人形を置いて来たの。小宰相は宮中にこのような物は持って行ってはいけませんと言うのよ。とても大切な人形なの。私の父様と母様に似た人形なの。あれがあれば寂しくないよ。」
「まあ、じゃあ明日お父様に言って持って来てもらいましょうね。お母様の顔見たことあるの?」
「ううん。人形の一つは父様に似ているの。姫の人形は宇治のおばあ様が母様に似ているって言うのよ。だから私ずっとこの人形を大切にしているのよ。皇后様って暖かい。まるで母様みたい・・・。」


そういうといつの間にか綾乃は眠っていた。


(そうよ、私があなたの母様なのよ・・・・。)


と思うと皇后は綾乃を見つめながら一緒に眠った。


 綾乃が目覚めると、もう昼になっていた。


「まあ、綾乃。今起きたのですか?」


と皇后は声をかける。綾乃は驚いて皇后の寝所から飛び出す。


「綾乃がとても気持ちよさそうに眠っているので、そのままにさせたのですよ。お腹がすいているのでしょう。もう遅いのですけれど、食事を用意させますね。」


皇后は摂津に指示をして綾乃に食事を用意させた。皇后は綾乃の前に座り、微笑みながら食事をする綾乃を見つめる。


「綾乃、今日はこちらに東宮が遊びに来るのですよ。内親王の女童として、きちんと応対しなさいね。」
「東宮様?」
「ええ、度々こちらにも遊びに来るのですよ。大きな東宮御所に一人いるのですからしょうがないですけれど・・・。」


綾乃は食事を食べ終わると、皇后と摂津に礼を言って自分の部屋に戻ると、綾乃の父が待っていた。


「父様。」
「今までどちらに行っていたのですか?朝早く皇后様より連絡があって、綾乃が寂しがっているので人形をこちらに持ってきて欲しいといわれたので、持って来たら綾乃はいない。」


右大将は綾乃に人形を渡す。


「昨日ね、皇后様のところにお泊りしたのよ。とてもお優しくて、一緒に寝たの。まるでお母様と一緒にいるようだったの。」
「そう・・・皇后様のところに・・・。あまり夜分にお邪魔してはいけないよ。ご迷惑だろうから。」


綾乃は寂しそうな顔をした。右大将は寂しそうにしている綾乃を見て本当の事を話しそうになった。綾乃の本当の母を知っている小宰相は困った表情で右大将を見た。


「綾乃、父様は今から仕事だから行くよ。いい子でいるのですよ。」


そういうと、右大将は後宮を去っていった。綾乃は渡された人形を厨子に並べて着替える。そして登華殿内の内親王たちの部屋に行くと参議が綾乃に言う。


「まあ綾乃様、昨日は皇后様のところにお泊りになられたのですね。もう孝子内親王さまは弘徽殿に行かれましたわよ。」
「常子内親王さまは行かれないのですか?」
「ええ、今お昼寝のお時間ですので。さ、早く弘徽殿へ・・・。」


参議は常子内親王の乳母で、参議橘晃の妻であり長年皇后に仕えている萩なのです。一度参議橘晃と結婚したため、後宮から出たが、常子内親王の乳母として選ばれ、再び皇后近くでお仕えしている。もちろんこの参議も綾乃の母が皇后であることは知っているのです。


綾乃は急いで弘徽殿に行くと、もう東宮は来ており皇后や孝子内親王と共に歓談をしていた。


「おや、母上この子が右大将殿の綾乃姫ですか?」
「ええ、かわいらしい女童でしょ。綾乃、東宮ですよ。ご挨拶は?」


綾乃は東宮の前に座ると、深々と頭を下げながら挨拶をすると、東宮は微笑んで綾乃に話しかける。


「本当にかわいらしい姫ですね。やはりふとしたところが右大将殿に似ていますね。孝子、いい遊び相手が出来てよかったね。綾乃姫は孝子にいじめられたりはしていないのかい?」
「まあお兄様ったら、孝子はそのようなことしていませんわ。妹のように思っていますのに・・・。」
「それなら良かった。また御所の方にも遊びにおいでよ。いいでしょ母上。」
「まあ東宮。右大将様からお預かりした大事な姫様なのですよ。裳着はまだとはいえ、良家の姫君ですのに・・・。」


皇后は微笑みながら東宮にいう。綾乃は顔を赤くして、東宮を見つめる。


(東宮様ってなんて素敵な方なのかしら・・・。帝と皇后様によく似ておられて・・・。雅和様とはちょっと違う・・・。雅和様は中宮様によく似ておられるけど・・・。)


綾乃は利発で爽やかな感じのする東宮に好感を持った。その日からというもの綾乃は東宮が弘徽殿に遊びにくるのを楽しみにするようになった。東宮も綾乃をなにかしら気に掛け、大切に扱っていた。



《作者からの一言》

皇后の乳母子萩は帝の乳母子で側近の参議橘晃と結婚して再び五の姫宮常子内親王の乳母として後宮に戻ってきました。もちろん萩の子も一緒に後宮についてきています。しかし出ては来ませんけど・・・。常康&綾子編でまだ小さかった雅孝東宮、雅和親王、孝子内親王、綾乃はもう結構大きくなりました。

 綾乃の初恋の相手は東宮雅孝親王であり、東宮雅孝親王もこれが初恋であり綾乃を想い、とても大切にしています。もちろん二人は異父兄妹である事は知りません。この恋が叶うことはありませんけどね^^;

第50章 女童《第2部 序》
 時が過ぎ、帝在位十五周年の祝いが盛大に行われた。その祝いと並行して、東宮雅孝親王の元服式が行われ、今まで過ごした関白太政大臣(前左大臣)家を出て東宮御所に移った。帝は先代と違って、実力重視で官位を与え、都は大変栄えた。その反面栄華を極めた摂関家は以前に比べ、権力は衰退気味となった。帝の子供達は東宮を筆頭に三男三女で弘徽殿皇后綾子の御子が東宮雅孝親王、四の姫宮孝子内親王、五の姫宮常子(ときこ)内親王、六の宮雅哉親王の四人。麗景殿中宮和子が二の宮雅和親王、生まれてすぐ亡くなった三の姫宮雅子内親王の二人である。

 ある日、帝は右大将(前頭中将)を御前に呼び出す。

「帝、何か御用でしょうか?」
「右近殿、あなたの姫はいくつになられましたか?」

右大将は不思議そうな顔をして答えた。

「うちの姫でございますか?十歳になりました。」
「色々あなたの姫の噂は都中に広がっていますね。とてもかわいらしい上に、教養もきちんとされていると・・・。」
「私の母が躾や教養については厳しくしているからでしょうか・・・。何か?」
「お願いがあるのですよ。今私の内親王たちの相手をしてくれる女童を探しているのだけれど、なかなかいい姫がいなくてね。大人ばかりの後宮に住まわせている内親王たちがかわいそうでならない。ぜひ、あなたの姫を女童として後宮に出仕していただけないだろうか・・・。」
「考えさせていただいてよろしいでしょうか?私の子は姫だけですので・・・。」
「わかった、いい返事を待っていますよ。」
「御前失礼致します。」

右大将は深々と頭を下げると、下がっていった。

 大将が邸に帰ると、寝殿のすのこ縁に座り込んで考え事をする。すると大将の母君が声をかける。

「将直殿、そのようなところにいると風邪を引きますよ。さあ中に入って束帯を着替えなさい。何かあったのですか?あなたがこのようなところに座って考え事をするなど・・・。」
「母上、ご心配ありがとうございます。ちょっといろいろありまして・・・・。」

大将は着替えを済ますと、脇息にもたれかかる。すると母君はいつものように大将に言う。

「いつになったら縁談を受けてくれるのかしら?綾乃のためにも母君は必要よ。月姫が生きていてくれれば問題はないのだけれど・・・。」
「母上、またそれですか?」

以前、綾乃の母が戻るべきところに戻った後、大将は綾乃の母は急な病で亡くなってしまったといって母君と綾乃姫に伝えた。いまだに母君と綾乃は大将の言葉を信じている。すると綾乃姫が大将の所へやってきた。

「お父様、今日綾乃ね、おばあさまにお裁縫を教えていただいたのよ。見て、今日は人形のお衣装を作ったの。」
「おや、その人形どうしたのですか?」
「宇治のおばあ様のところにあったの。これは綾乃のお母様が使っていたお部屋においてあったって。お母様が綾乃のために作ってくれたのじゃないかなって宇治のおばあ様が言っていたの。見て、これお父様にそっくりよ。これは・・・もしかして綾乃のお母様?」

大将は綾乃から人形を見せてもらうと確かに姫の人形は綾乃姫の母君に似ていた。

(いつ、これを作られたのだろう・・・。本当にあの頃の私と綾子姫に似ている・・・。)

「そうかもしれないね。大事にするのだよ、綾乃。」
「うん!」

そういうと、乳母に連れられて綾乃姫は部屋に戻って行った。

「綾乃は母君に似ているのかしらね・・・。本当に器用で、何をさせても上達が早いわ。先日のお歌も見たでしょ。あなたに宛てた・・・。ますますあなたと母君によく似てきて・・・。」
「母上、実は今日、帝の御前で、帝に頼まれごとをされたのです。」
「まあ!帝から直接?」

大将は少し考えて母君に言った。

「綾乃を帝の内親王様方の遊び相手として出仕させたいと仰せで・・・。綾乃一人で後宮に入れるなんて・・・・。」
「何を言っているのです!今すぐ良い返事を帝にしなさい!」
「しかし綾乃がなんというか・・・。」

大将は立ち上がって綾乃姫の部屋に向かった。そして綾乃を膝の上に乗せると、優しく問いかける。

「綾乃、いいかい?お前は後宮の御年十二歳と六歳の内親王様のもとへ行って、一緒にお勉強したり、遊んだりしたいかい?もしよいのならば、あす帝にご報告しないといけないのだよ。どうする綾乃。」

綾乃は少し考えて、返事をする。

「はい!綾乃ね、内親王様とお友達になってお勉強したり遊んだりしたいわ。きっと楽しいでしょうね。綾乃にはお姉さまも妹もいないからお二人になってもらえるのかな。」
「そうかもしれないね。当分父と会えないかもしれないけどいいかな・・・・。」
「それは嫌だけど、でも行ってみる。嫌なら帰ってきていいでしょ。」
「そうだね。いいよ。」

大将の母君は慌てて言い出す。

「じゃあ、例のお衣装を出して綾乃に合うように手直ししないといけないわね。」
「母上、頼みますね。きっと綾乃に似合うと思いますよ。」
「例のお衣装?」

綾乃は不思議そうな顔をして大将の顔を覗き込む。

「綾乃の母上が綾乃のために縫ってくれたお衣装なのですよ。」
「綾乃のお母様が、綾乃のために?それ着たい!」
「まあ、綾乃ったら。とても大きいかもしれないのでおばあ様がきちんと着られるようにしてあげるのを待ってなさいね。」

綾乃姫はとてもうれしそうな表情をして、乳母と寝所に入って眠りについた。

 右大将の姫君の女童殿上が決まり、帝の御前に挨拶をする日がやってきた。朝早くから綾乃姫はわくわくしながら、母君が作った晴れの衣装に袖を通した。すると姫の乳母が言った。

「まあぴったりですこと。姫様、とてもお似合いですよ。」
「ありがとう。あ、父様。」

すると束帯を着た右大将が姫の部屋に入ってきた。

「準備は整いましたか?ほう、見違えてしまったな・・・。よく似合っていますよ。これなら帝の御前に出してもおかしくはない。さあ、行くよ。」
「はい!」

そういうと右近大将と綾乃姫は車に乗り込んで内裏へ向かう。車の中では姫がとても緊張した様子で右大将に問いかける。

「ねえ父様、帝ってどんな方?内親王様方は?内親王様のお母様は良い方かしら。綾乃、皆様に気に入っていただけるかしら。」
「皆様は良い方ばかりですよ。帝はお優しいし、内親王様方もとても礼儀正しくて、内親王様の母君弘徽殿の皇后様はとてもお綺麗でやさしい方です・・・とても・・・。綾乃、礼儀正しくお勤めするのですよ。」
「はい!綾乃、父様が恥ずかしくないようにきちんとお勤めするわ。乳母の小宰相も一緒だし。」
「よい心がけです。何かあったらいつでも戻ってきなさいね。」

綾乃姫はうれしそうに扇を開いたり閉じたりして遊んでいる姿を見て、右近大将は微笑んだ。

 内裏に着くと、早速帝の御前に通される。綾乃姫は右大将に促されながら、帝の御前に座る。

「さ、綾乃、帝ですよ。ご挨拶しなさい。」
「はい。父様。」

すると綾乃姫は深々と頭を下げたあと、帝に挨拶をする。

「はじめまして。本日より女童として出仕することになりました、右近衛大将の娘源綾乃と申します。よろしくお願いします。」

すると帝はうれしそうに話し出す。

「よく来てくれましたね。噂どおりきちんとご挨拶できる姫君だ。おやその衣は私があなたの誕生を祝って差し上げた反物で作った衣装だね。」
「はい!お母様が私の小さいときに縫ってくれたのです。」
「そう、あなたの母君が?とてもお似合いですよ。橘、この姫を連れて後涼殿で遊んでいてくれないかな。ちょっと右近殿と話があるから。綾乃姫、この橘と一緒に遊んでおいで。」

綾乃姫は橘に連れられて、御前を下がっていった。下がったのを確認して帝は話し続ける。

「本当に可愛い姫ですね。先が楽しみだ。さて、右近殿、あの姫のことなのですが、あることが内定しています。私の二の宮雅和親王を知っているね。」
「はい中宮様の御年十二歳の若宮様ですか?」
「そうだ。昨年中宮の父、先右大臣殿が亡くなり、雅和の後見人が今いない。ぜひあなたに雅和の後見人になっていただきたい。」
「後見人ですか?」
「そう、三年後の雅和親王元服の時、あの姫を副臥役として、後々には雅和を代々中宮の実家である中務卿宮家を継がし、雅和の妃として迎えたいのだ。よろしく頼んだよ。」

右大将は深々と頭を下げて帝の言葉を賜る。帝と色々話していると橘が急いで御前にやってくる。

「申し上げます!綾乃様が・・・綾乃様が・・・。」
「橘、綾乃姫がどうした?」
「ちょっと目を放した隙にどこかへいかれました!右近様申し訳ありません!」
「御前失礼します!初めてのこのように広い内裏、どこかへ迷ってしまったのかも知れません。私が探してまいります。橘殿は屋内を!」

そういう右大将は立ち上がって内裏の庭に下りて探し始めた。

 「あら、どこからか泣き声が聞こえるわね・・・。」

そういうと皇后は立ち上がって弘徽殿の庭に降りると、声がするほうへ歩き出す。

「弘徽殿様!そのままではいけませんわ!私が行きます!」

と女房が急いで皇后のあとを追いかけ皇后の頭に衣をかぶせる。

「参議、私だけでいいわ。複数でいくときっと泣いている子は驚いてしまうわ。」

皇后は参議を残し、声の主を探す。するとあの満開の桜の下で小さな姫が泣いていた。皇后はその姫に近付き、声をかける。

「どうかしたの?どちらの女童かしら。」

綾乃姫は皇后の方を見るとさらに泣き出した。

「父様を探していたら迷子になってしまったの。私今日初めてここに来たから・・・。」
「そう、じゃ、私が一緒に探して差し上げましょう。」
「うん!」

そういうと皇后は姫の手を引き、弘徽殿に戻ろうとしたとき、声が聞こえた。

「綾乃!綾乃はどこにいる!」
「あ、父様!」

綾乃姫は声のするほうを向き、叫んだ。皇后もその声の方を向く。

(綾乃?綾乃なの?)

向いた先には右大将が立っていた。右大将は皇后の姿に気がつき、膝をつき頭を下げる。皇后はかぶっているものをはずすと、綾乃姫を右大将のもとに返し、微笑んだ。

(将直様・・・。)

と心の中でつぶやくと、皇后は弘徽殿に戻っていった。

「ねえ、父様。あの方はだあれ?」
「あの方は弘徽殿の皇后様ですよ。あなたのお仕えする内親王様達の母上様です。」

(そして綾乃の母様ですよ・・・。)

「そう。とてもお優しそうな方ね。」
「そうだよ。とても優しい方だよ。さあ、清涼殿に戻ろう。」

大将は綾乃姫の手を引いて清涼殿に戻っていった。

 弘徽殿では、皇后を筆頭に皇后のお子様達、中宮、そして雅和親王が歓談していた。相変わらず皇后と中宮は仲が良く、昨年の中宮の父宮が亡くなれてからはさらに親密になっていた。父宮がおられず、お邸は中宮の祖父宮が住んでいるだけで雅和親王は帝より後宮に一室を賜って元服までの間母宮と共に過ごしている。もちろん東宮御所に出入りしては東宮と一緒に漢学や帝王学を学んだり、東宮お得意の馬術を一緒にしたりしている。

「弘徽殿様、帝のお越しでございます。」

帝の先導の女官が言うと、女房達は帝を向かえる準備をし、他の者達も帝をやってくるのを待つ。

「ちょうど皆がお揃いでよかった。今日からこちらに仲間入りする女童を紹介しようと思ってね。さ、綾乃入りなさい。」

するときちんと身なりを整えた姫が乳母と共に入ってくる。そして皆の前に座ると、深々と頭を下げた。

「綾子、前々から言っておいたよね。この女童は内親王たちのお相手にと出仕させたのだよ。さあ、綾乃。」

「皆様始めまして、本日よりこちらに出仕してまいりました。右近衛大将源将直の娘、源綾乃と申します。よろしくお願い申し上げます。こっちは私の乳母の小宰相です。」

小宰相は頭を下げると皇后が言った。

「まあ、可愛いこと。この姫なら私の内親王のお相手にぴったりですわ。孝子、常子、仲良くしなさいね。」

すると綾乃は皇后に言った。

「皇后様、先程はこちらにお庭にて迷子の私を助けてくださりありがとうございました。父も大変感謝しておりました。」
「よろしくてよ。とてもかわいらしい泣き声が聞こえたものだから気になってついこちらを抜け出してしまったのですもの。何事もなくてよかったですわね。孝子、常子登香殿に戻って綾乃と一緒に遊んできなさい。参議、さ、姫宮たちを・・・。」

参議は姫宮たちと、綾乃を連れて登華殿へいった。そのあとをついて雅和親王も走って行った。

「まあ雅和も綾乃姫を気に入ったようですね。綾子様。」
「ええ、微笑ましいこと・・・。」
「そうだね、右大将殿も気にしていたからね。和子、あの姫なのだけど雅和の妃にどうかと思っているのですよ。あの中務卿宮家を再興しないといけません。代々和子の実家が中務卿宮を名乗ってきたからね。雅和しか再興できないと思うのですよ。今の状態では後見人がいないので再興が難しいが、右大将殿が後見人を引き受けてくれてね。元服の折も、あの姫を副臥役、そして成長された暁には妃として・・・。和子、いいかな・・・。」

中宮はうれしさのあまりほろほろと泣き出した。

「ありがたいことです。帝が私の実家の再興を思っていただいているなど・・・。昨年父が亡くなり、雅和の行く末を悩んでいたのですけれど・・・。これで安心ですわ。あとは雅和が綾乃姫を気に入ってくれるかでしょうね。大変感謝しております。」

中宮は帝の深々と頭を下げてお礼を言う。そして麗景殿に戻っていった。

「綾子、今晩話があります。いいですか。またこちらに参ります。」

そういうと、帝は清涼殿に戻っていく。皇后は胸騒ぎがしてたまらなかった。

 夜になると、帝がやってくる。

「綾子、今日はちょっと花見をしようと思っていたのです。橘や晃に色々用意させているから、おいで・・・。そちらで色々話したいことがある。」

そういうと、皇后の手を取り庭に降りると、例の桜の木に向かった。そこには敷物がしいてあり几帳も立てかけてあった。そして様々な料理や菓子が置いてあり、ちょっとした宴の様であった。

「さあ座りなさい。晃、例の者をこちらへ。」

皇后が座り、帝が座ると、暗がりより人がやってくる。そして膝をつくと頭を下げる。

「帝、お呼びでしょうか?」
「右近殿、話があってね。まあ座りなさい。」
「しかしこちらには皇后様が・・・。」
「気にしなくていい。二人に話があるのだから・・・。」

いつの間にか帝の側についていた参議橘晃は下がっており、三人だけになっていた。

「ずっと十年来いつ話そうか迷っていたのだが、後宮に綾乃姫が入られたことで今日あなた方に話すことにした。本当はこのまま死ぬまで胸の中にしまっておこうと思ったのだけれども・・・。」

すると一息ついて再び話し始める。

「綾子、あの綾乃姫はあなたの縁の姫でしょう・・・。ずっとあなた方の関係は知っていた。ちょうどこの頃かな・・・。綾子の笑顔がなくなったのは・・・。そして同時に右近殿が毎日のように宿直をして、私が右近殿とすれ違うたびに綾子の香の匂いがした。初めは気のせいだと思ったよ。しかし長谷寺から帰ってきた右近殿を見て確信したのです。そしてそのあと、急に綾子の里下がり・・・。文を書いても返事は来ず、何度も宇治に出向こうかと思った。でもできなかった。綾子と右近殿の関係を受け入れたくなかったらね。この気持ちをぶつけられず綾子に似ている藤壺を入内させたりしても見たが、気が晴れるわけもなく・・・。本当にあの頃の私はおかしくなりそうだったよ。綾乃姫が生まれた聞いてやっと綾子が帰ってきてくれるだろうと・・・。だから普通なら贈ることはしないお祝いをしたのですよ。綾子の姫だから・・・。」

すると皇后は大将と共にお詫びを申し上げる。

「常康様、ご存知でしたのね・・・。私なんてお詫びしたらいいのか・・・・。」
「帝、どのような罰でも受けます!この私の処罰を!」

すると帝はため息をついていった。

「あなた方はわかっていない。私は右近殿に感謝しているのですよ。きっと綾子の性格だったら後宮に戻ることはなかっただろうが、右近殿のおかげでこうして綾子は後宮に戻り、あのあとも私の一男一女産んでくれた。そしていつもどおりの笑顔に戻った。このようになったのは私にも少し原因があったからね。さあ、心に詰まっていたものが取れてすっきりしたよ。これで貸しが出来たね。」

まだ大将と皇后は頭を下げたままにしていた。

「右近殿、雅和と綾乃姫の件、頼みましたよ。さあ二人とも頭を上げて。せっかく花見の宴を用意させたのだから。今夜はゆっくりと・・・。」

三人はゆっくり花見の宴を楽しんだ。そしてさらに三人の絆が深まった。



《作者からの一言》

お子様編の始まりです。10歳のかわいらしい姫へと成長した綾乃が主人公です。

しかしながら帝である常康の心の広さ^^;人がよすぎます^^;普通なら皇后と右大将は罰せられるはずなのに・・・・。右大将はこれを機会にいろいろ帝に借りを作ってしまい、帝には頭が上がりません。(もちろん帝が相手なので上がらないのは確かですが・・・。)どうなることやら^^;

第49章 いざ後宮へ~桜の木下で~《第一部完結》
 後宮に戻る日程が決まり、命婦がやって来て皇后に帝からの書状を渡す。そこには正式な文面のため、堅苦しい内容が書かれていた。後宮までの道中のこと、警護の者のことなどがこと細かく書かれていた。警護責任者の名前には兄である左近中将、例の頭中将の名前が記されていた。皇后は命婦に礼を言う。

「命婦殿、遠路はるばるご苦労様でした。帝にはよろしくとお伝えください。」

命婦はほっとした様子で皇后に申し上げた。

「受取って頂け、大変安堵いたしました。帝には皇后様にこの書状を直接受け取られるまでは帰ってこないようにと申されまして・・・。」

皇后は命婦の言葉に笑っているのを見て、命婦は安心して都に戻っていった。

 後宮に戻る日、その日のうちに後宮に入るということで、朝早く出立する予定となっていた。皇后は母宮がこの日のために新調してくれた十二単を着て、髪も綺麗に洗髪し、何もかもが最高の状態で、出立の時間を待った。すると左近中将が現れ、皇后の御簾の前に座って出立の挨拶をする。

「もう準備は整われましたか。車や警護の者も皆整いました。」
「はい、いつでも・・・。お兄様、道中よろしくお願いします。」

そういうと、萩が御簾を上げ皇后が御簾の外に出て、皇后の母宮に挨拶をする。一年ぶりに妹である皇后を見た左近中将は、今まで以上に華麗になった皇后を見て顔を赤くしてしまう。

(これがあの妹姫であろうか・・・。静養に入られる前も当代一といわれるほど大変美しい姫であったが、この一年で一段と品が出て美しい姫に・・・。妹姫でなく未婚の姫であったならば、必ず私はいや都中の公達がこの姫に求婚するだろう・・・。)

と思った。

「お兄様。」

と、皇后が声をかけると左近中将ははっと気がついて立ち上がり皇后の手を取って車まで案内した。警護のものは皆深々と皇后が車に乗り込むまで頭を下げて待っているが、頭中将は軽く頭を下げただけで、何もかも最高の状態で着飾った皇后をそっと見つめた。

(やはりあの方はこのような私にはつり合わない人なのだ・・・。)

そう自分に言い聞かせて、皇后との関係をきっぱり諦めて忘れようとした。

 皇后が車に乗り込むと、左近中将と頭中将は馬に乗り出立の合図をする。道中唐車の御簾越しに見える頭中将を見て、皇后は今までの事を思い出す。そして時折、頭中将は皇后の体調を気遣いながら現在地などの報告のため、声をかけてくる。

「皇后様、間もなく鳥羽を通過します。都までもうすぐです。ご気分はいかがでしょうか・・・。」
「お気遣いありがとうございます。別に悪くはございません。」
「そうですか。何かございましたら声をおかけください。このあと都に入り東三条邸に一時入ります。休憩後に輦車に乗り換えていただき、内裏、そして後宮へ入ります。よろしいでしょうか。」
「はい心得ております。この先のことよろしくお願いします。」
「はい。」

そういうと頭中将は頭を下げ、先導をしている左近中将のところへ走っていった。

 東三条邸につくと、左大臣がそわそわしながら待っていた。一旦皇后は車を降り左大臣と共に寝殿に向かう。寝殿に入ると、左大臣が皇后を上座に座らせて、うれしそうに話し出した。

「無事にご帰郷されて父はうれしい。長い間のご静養でこの先綾姫はどうなるかと思ったのですよ。帝もあなたのご帰郷をたいそう喜ばれて、このようにあなたのためにたくさんの護衛までお付けになられたのです。また長い間見ないうちに、さらに美しくになられるとは!きっと帝も驚かれるであろう。」

皇后は手をついて深々と頭を下げる。

「お父様、この一年間私のわがままでたいそう心配し、心を痛められたことでしょう。なんとお詫びを申し上げたらいいのか・・・。」

左大臣は今まで聞いたことのない皇后の言葉に驚いた。

「皇后はこの一年でたいそう成長されたようですね。私はこれであなたを安心して後宮にお返しすることが出来る。誤る必要はないのですよ。もう夕餉に時間になりますので、召し上がってからでもいいでしょう。護衛の者達にも何か出させるようにしましょう。」

そういうと左大臣は女房に夕餉の支度をさせ、護衛の者達にも夕餉を振舞った。寝殿では、御簾の中に皇后が入り、御簾の外には左大臣と左近中将、そして頭中将が座って一緒に夕餉を食べた。道中あった色々な事を左近中将が面白おかしく話したりして時間を過ごした。

「さあ、もうこんな時間だ・・・。」

そういうと頭中将は立ち上がり、皇后に向かって頭を下げると、車宿の方に走っていった。左近中将は皇后に向かって言う。

「私はここまでなのですよ。ここから内裏までは彼が先導することになっています。そのまま宿直に入られるのでね・・・。本当に彼は真面目で仕事熱心な人でね。特に今年に入って姫が生まれてからさらに輪をかけて熱心に仕事をされるから、帝の覚えも良い。そしてとても周りに気配りをするから公達中にも評判は良いのです。これからの出世は間違いないでしょう。彼を見習わないといけませんね。この摂関家の流れをくむ家柄の私が・・・・。さあ、そろそろ参りましょうか・・・。」

そういうと、車まで先導して、輦車に皇后を乗せる。頭中将先導のもと、皇后を乗せた輦車は内裏目指して動き出した。そして無事皇后は後宮に到着する。弘徽殿に入ると、懐かしい顔ぶれが皇后を迎えた。摂津を始め、たくさんの女房達が、元気になって帰ってきた皇后に涙し、喜んだ。

「摂津、長い間心配をかけましたね。そして皆さんも・・・。私はこうして皆さんに会えた事をうれしく思います。」
「まあ皇后様、摂津はずっと帝のお側で皇后様のお帰りをお待ち申し上げておりました。。以前に増して麗しくなられて・・・。本当に静養されて正解でございました。今から帝にご報告してまいりますわ。」
「摂津。ちょっと時間をいただけないかしら・・・。ちょっと庭の桜を見に行きたいの・・・。」
「まあお一人で!それは・・・。」
「大丈夫。ある御方と約束しているのよ。」

そういうと、皇后は十二単を脱ぎ小袿になると、庭に降りて満開の桜の木に向かった。

一方清涼殿では、頭中将が帝の御前に座り報告をする。

「ただいま無事、皇后様お戻りになられました。」
「ご苦労であった。あなたには色々感謝する。」

そういうと帝は立ち上がって御簾から出ると、すのこ縁から庭に飛び降りて走り出した。

「帝!どちらに!私も参ります!」

帝は頭中将のほうを振り返って言った。

「頭中将、ついてこなくていいよ。約束があるのだよ。弘徽殿近くの一番綺麗な満開の桜の下で。」

その約束相手が誰であることに頭中将は気づいた。そして帝が清涼殿を抜け出された事を見て見ない振りをした。

(きっとお相手はあの方だから・・・・。心配はないだろう・・・。)

と、頭中将は思いそのまま清涼殿を後にした。

 帝が約束の満開の桜の木近くに着くと、もう皇后は帝が来るのを待っていた。皇后は満開の桜を見上げ、風が吹くたび散っていく花びらをうれしそうに眺めていた。その姿を見た帝は、一瞬見とれてしまった。そして次の瞬間帝は叫んだ。

「綾子!」

その声に皇后は振り返り微笑むと、帝は皇后の元に走っていき、皇后を抱きしめ嬉しさのあまり皇后にくちづけをした。そして帝は皇后の顔をじっと見つめると再び抱きしめた。

「綾子・・・約束通り戻ってきてくれたのですね。」
「はい。もうこれからこのようなことは致しません。常康様、許していただけますか?」
「許すも何も、帰ってきてくれただけで嬉しいよ・・・。綾子が側にいてくれたら何もいらない。」
「まあそれなら、雅孝も孝子も雅和様も和子様も要らないのですか?」

帝は少し苦笑して言った。

「やはり、そういうところ綾子だね・・・。いらないわけではないよ。」
「わかっていますわ。ちょっとからかってみたくなっただけです。」
「相変わらず綾子は意地悪だね。まあそういうところが好きなのだけど・・・。綾子、ずいぶん見ないうちにとても綺麗になったね・・・一瞬見間違えてしまったよ。そうだ、今年の夏は貴船に行こう。そして秋は嵯峨野、冬は・・・。まあいいとして二人でゆっくり過ごす時間を作ろう。」

皇后は微笑んで帝に言う。

「これからはずっと出来るだけ二人でいっしょに・・・・。」
「うん、そうだね。」

すると二人は内裏一綺麗な満開の桜の木の下で長い長い約束のくちづけを交わした。


《作者からの一言》

これでひとまず常康&綾子編は終わりです。次はお子様編です^^本当に桜というキーワードがよく出てきますね^^;次もそうですが・・・。今現在この物語は130章ほどで完結しているのですが、こう読み返してみると、同じようなパターンが多いのに気がつきます。

お子様編序章である50章はまだ常康&綾子&将直が10年後の設定で出てきます。お子様編では1章毎の長さが結構あります。まだまだ先はありますが、お付き合いください。

第48章 期間の終わり
 年が明け、姫は産み月に入った。もちろん年明けの忙しい頃にもかかわらず、中将は休みを取り、姫に付き添った。一緒に居る事が出来る期間はあと長くても三ケ月。十分思い出を作ろうと中将は帝に無理を言って休みを頂いた。(もちろん綾子姫のことは内緒だが・・・)

出産も近づいているようで、度々陣痛らしきものがある。姫自身は三度目の出産であり、世間には公表できない出産であるので、姫の母宮の一部の女房が手伝いに来ただけで、最低限度の人でしか用意しなかった。中将は生まれて来る我が子の為に最大限の準備をした。乳母も厳選に厳選をして、生まれてくる子にふさわしい者を選んだ。準備が整ったとたん、陣痛が始まったようで、中将は祖母宮の元で吉報を待つことにした。やはり三度目だからか、朝陣痛が始まって、もう昼過ぎには無事生まれた。

「中将様!お生まれでございます。元気な姫様ですよ。お母様もお元気ですわ!」

そういうと高瀬が生まれたばかりの姫君を抱いてやってきた。中将は怖々姫君を受取ると、かわいらしい顔を眺めてしみじみと涙した。姫君は中将と姫によく似たかわいらしい顔をしていた。中将は姫君を祖母宮や姫の母宮に見せる。

「まあ!かわいらしい姫君ですこと・・・。ここの家系で久しぶりの姫・・・。かわいらしいわ。生きていて良かった・・・。ずっとこちらで育てなさいね。」
「本当に綾子と中将殿の良いところばかり・・・きっと末は良い公達と結婚して・・・。」

中将は乳母を呼び、小さな姫を預ける。

「高瀬、もうあちらに行ってもいいのかな・・・。」
「もうよろしいかと思いますが・・・。」

そういうと中将は姫の部屋に向かった。高瀬は中を伺って片付いている事を確認して姫のいる寝所に案内する。中将は姫の側に座ると、姫の手を取りいう。

「姫。ありがとう・・・。疲れたでしょう・・・。ゆっくり休んでください。小さな姫の名前は何にしますか?よろしければあなたの名も絵を一字頂きたいのですが・・・・。」

姫はうなずき中将に微笑む。中将は少し考えて姫に言う。

「綾乃はどうだろう・・・。」
「とてもかわいらしい名前ね。私があるべきところに戻ったら、綾乃のこと頼みますね。」
「わかっています。私の命に代えても綾乃を育てましょう。そしてあなたの前に出しても恥ずかしくないような姫に・・・。さあ、安心して眠ってください。」

すると中将は姫の額に口づけをして部屋を出て行った。姫は眠りについた。中将は祖母宮の部屋に戻ると、これからの綾乃姫と姫について話し出す。名前のこと、これからは別邸で育てること、姫の母君のこれからのことなどを話し合った。

 姫は回復が早く、半月経つともう普段どおりの生活が出来るようになった。姫もあと二か月で綾乃と別れるのでいつも一緒に過ごしている。すると中将が何かを持って内裏から帰って来た。そして姫と綾乃姫の前に置いた。

「これは帝から綾乃に賜ったのです。以前つい年明けに子供が生まれると言ってしまったのですが、それを覚えておられたらしく、生まれたかと聞かれたのです。そして姫を授かったと申し上げるとこれをその姫へと・・・。その場にいた公達たちにからかわれてしまった・・・。末は東宮妃などと・・・。もちろんそれは無理な話だけど・・・。高瀬、姫の代わりに礼状を代筆してくれないか・・・。姫の字ではいけないのでね。」
「はい畏まりました。」

そういうと高瀬は姫の代わりに礼状を書き、中将に見せる。

中将は帝に頂いた包みを開くとそこには綺麗な反物がたくさん入っていた。姫はこの反物を手に取り、言った。

「残りの日にちでこれを使って綾乃のお衣装を作りましょう。まだまだ先のことですが、もし女童として殿上しないといけない時などがあったときの事を考えて・・・。帝から賜った反物ですもの・・・。晴れのお衣装にしなければ・・・。」
「そうですね。きっと綾乃が着る頃、母が作ったといえば喜ぶかもしれません。あまり無理しないでください。」
「はい!」

そういうとどの反物で何を作ろうか高瀬たちと相談しだした。楽しそうな姫の顔を見て、中将はこれがずっと続けばいいと思いつつも、絶対ありえないこととして諦める。

 別れの日まで後わずかとなった日、やっと綾乃姫のための衣装が仕上がった。ちょうど上巳(ひな祭り)なので、このお衣装と共に、人形や色々なものを並べ、中将の母君を招待して身内だけの姫のお披露目をした。中将の母君は綾乃姫の誕生により大変喜ばれて、二人の仲をお許しになっていた。そして綾乃姫のために作った晴れのお衣装を見て大変気に入られ、姫を大変お褒めになる。

「母君、これは帝から綾乃に賜った反物で姫が作ったのですよ。いつか綾乃が使うだろうと・・・。」
「まあ触ってもいいかしら。お上手なのね。せっかく帝から賜った反物ですもの、このようなものに仕上げなければ・・・。これを着て綾乃姫が御年五歳の東宮様に入内してくれたら申し分ないのでしょうけど・・・。将直、綾乃姫のためにもっと官位を上げなければいけませんよ。」
「はい・・・しかし私は綾乃を宮中には上げる気は・・・。」
「何を言われるの?女の幸せなのですよ・・・。」

(後宮に上がっても窮屈なだけなのだけどなあ・・・・。)

と姫は思った。綾乃姫は日に日に表情が出てくるようになり、中将や祖母宮、母君は大変可愛がる。それを見て姫は悲しそうな表情で見つめる。

(あんなに仲の悪いおばあ様とお母様が綾乃のおかげで仲良くされているのですね。これなら安心して綾乃をお預けできるわ・・・。きっと私がいなくなったらお母様は驚かれるのでしょうね。中将様はどのように説明されるのかしら?)

姫は庭にある桜を見つめてため息をつく。つぼみは膨んできている。桜が満開になる頃、後宮の桜の木での約束を守らなければならない。出来ることならこのままの時間が止まればいいと思った。

「月姫、母上がお帰りになられるよ。車までお送りしましょう。」
「はい・・・。」
「いいのよ、ここで。綾乃姫のもとにいて差し上げて。また本邸に綾乃姫を連れて遊びにいらしてね。将直は一緒に車まで来なさいよ!」

中将は困った様子で姫に合図をして車まで送っていった。すると祖母宮が近くに寄ってきて声をかける。

「綾姫、こちらにはいつまで?」
「十日の夜に隣の別邸に入ります。その後はまだ日程が決まっておりません。多分、中将様を通して知らされると思うのですが・・・。本当に長い間お世話になりました。おかげさまで楽しい日々を過ごすことができ大変感謝しております。この先も綾乃がお世話になります。」
「私も大変楽しい日々でしたわ。本当に娘ができたようで・・・・。綾乃姫のことは気になさらず、あるべきところにお戻りを・・・。きっと待ち人は帰られるのを心待ちにされていると思いますわ。待ち人があの方ではなければ、お引止めするのですが・・・。」

宮は寂しそうな顔をされる。姫は気を使って何も話せなくなった。

 いよいよ、中将の別邸を去る日の夜がやってきた。中将はここを出る直前になって姫の手を引き、ここの邸で一番早く咲き、一部咲になっている桜の木の下に連れてくる。

「この桜は私のお気に入りなのです。ちょうどこの桜があなたと出会った桜によく似ていて、あなたを見つけたときは驚きました。もう出会って一年なのですね・・・。早いものです・・・いろいろあった一年でした。そして決して悔いのない一年でした。期間限定ではありましたが、あなたのような妻がおり、そして可愛い綾乃が生まれた。最後に一度だけ、この木の下であの時のように・・・。」

中将はそういうと姫を抱きしめてキスをした。そのあともなかなか姫を放さずに抱きしめたまま涙を流す。

「帝のものではなければこのまま駆け落ちしてでも一緒になるのですが、それもかなわず、戻られても以前のように会うことも出来ません。遠目であなたを見つめることしか・・・。もしかしたらもう一度あなたに会えるかもしれませんが、その時は帝の使者として会わなければなりません。良い想い出と可愛い綾乃をくださり、とても感謝しております。さあお戻りください。来世では必ず一緒になりましょう。」

そういうと姫を車まで連れて行き、迎えに来ていた萩に姫を渡した。見送るのが辛いのか、中将は後ろを向き戻っていく。

「頭中将様!」
そういうと姫は萩を振り切って走り出し、中将に飛びついた。そして中将の頬に口づけをすると萩のもとに戻っていった。

(幸せをありがとう、頭中将様・・・綾は、綾子は大変感謝しています。来世はきっと一緒になりましょう・・・。)

そう心の中で思いながら、姫は車に乗り込んだ。

「萩、ありがとね。あなたにも迷惑をかけてしまったわね・・・。」

萩は姫の予想外の言葉にはっとして言った。

「綾姫様は一段と大人になられましたね。萩はうれしいですわ。帝もきっとお喜びになりますわ。一段とお綺麗になられましたもの・・・。さあ明日、都より東宮様と姫宮様が面会にこられますわ。都から御使者が来られるまで、ゆっくりどうぞ・・・。」

姫は萩の心配りに大変感謝する。

「本当にありがとうね萩。雅孝や孝子に会えるのですもの・・・きっと二人は寂しかったでしょう。存分に遊んであげるわ。ありがとう・・・。」

萩は素直になった姫の言葉に感動をし、姫に部屋を案内した。



《作者からの一言》

来世では一緒になれるといいですね^^ひとまず頭中将と綾子姫はここでお別れです。まぁ頭中将は蔵人頭も兼任している近衛中将ですので、帝の側近なのであり、ちょくちょく遠目ではありますが見ることはできるでしょう。さて次は後宮に戻る日がやってきますよ^^

第47章 告白
 「本当にここの家系は男ばかりでねえ・・・私も四人男を産んだでしょ。このようにかわいらしい姫が側にいると私に姫が側に一人でもいてくれたらと思うのですよ。しかし先ほどはなんと機転の利いた・・・。」
「まあおばあさま。社交辞令ですのよ。とても皆様がお困りでしたから。」
「世渡り上手な方だこと・・・。私はあなたのようなかた大好きよ。」

中将は姫を取られたような気がして菓子をつまみながら出された酒を飲んでいた。二人は楽しそうに話していた。

「さあ姫、もうそろそろいいでしょう。おばあ様、おなかの子に良くないので休みます。」
「そうねえ・・・夜寝ない子じゃいけませんものね・・・。じゃあ明日続きの話をしましょうね月姫。」

姫は頭を下げると中将に手を引かれて部屋に戻っていった。部屋に戻ると二人は寝所に潜り込んで話をする。

「本当に気さくな方だ・・・。大変姫を気に入られたらしい・・・。」
「私の伯母様ですものね・・・性格は私のお母様によく似て。中将様、おばあさまに私のことはなしてはどうかしら。その方が万が一帝に何かされてもおばあさまが味方になってくれたら・・・。お母様のような方なら協力的だと思うのですが・・・。」
「そうですね。おばあさまなら・・・。味方が多いほどいい。こちらにお世話になっている以上おばあさまに言っておいた方が後先楽かもしれませんね。」

中将は疲れたようでいつの間にか眠っていた。姫は中将の寝顔を見てしみじみ思う。

(この寝顔を見られるのもあと半年・・・。毎回帝は私の事を心配して御文をくださる。返事を書かなくても・・・。1年間の期間限定夫婦だけど、これが終わったらあるべきところへ戻らないと・・・。)

最近中将は大変おなかの子を大事にしているようで、寝ていても無意識のうちに姫のおなかに手を当てている。そういえば帝も毎日ではなかったが、同じようにおなかの子を愛しんでいた。だからこそ、後宮に戻らないといけないと決心した。

 次の日、二人揃って祖母宮の部屋に向かった。宮は大変喜んで、昨日の話の続きを始めた。そして切りのいいところで中将が話を切り出す。

「おばあさま、ちょっと大事な話があります。他のものを・・・。」

宮は女房達を遠ざけると、中将は話し出した。

「おばあさま、この姫を見て何も思われませんか?気になさらずなんでも言ってください。」
「そうねえ・・・本当にいい?この方初めての懐妊じゃありませんね。それと結構いい家にお育ちね。身のこなしでわかるもの。お歌もお琴も何をさせてみきちんと教育されておりますわ。きっと入内をされるように教育されたのでしょうね。このお顔どこかで・・・・。いえ、そんなはずはありませんわ。あの方は後宮におられるはずですもの・・・。まさか?」
「そうそのまさかです。わけあって・・・私の子を懐妊されて・・・。」

宮は驚いた様子で姫を見つめる。

「お久しぶりでございます。伯母様。妹宮の姫、綾子でございます。」

宮は倒れそうな様子で中将に言う。

「ああああなたって子は・・・帝の・・・・大変ご寵愛されている姫を・・・。ねねねね寝取ったってことなのですか?どういうことかご存知ですの?」
「おばあさま声が大きいです。まあそういうことになりますが・・・・。」
「わかりました。起きてしまった事はしょうがないこと・・・。こちらにおられる事をひた隠しにすればよろしいのでしょ。でもそのお子はどうなさるつもり?」
「後宮には連れて行けませんので、このわたしの子として引き取ります。」
「当たり前です。本当でしたら即死罪ですよ。ああ、あの時婚約させておけばこのような事・・・。静宮も知っていたのですね。もうずるいわ!このような楽しそうな出来事!どこぞの物語のようで・・・。」

宮は一変して楽しそうな顔で馴れ初めやらいろいろな事をお聞きになる。中将は赤い顔をして恥ずかしそうにするのを見て姫は微笑んだ。姫が一番気になるのはやはり亡き式部卿宮のことであった。以前から中将がいろいろと探りを入れていたのですが、宮家に関わるということで、なかなか核心まで探ることが出来なかった。今回姫はこの宮に告白した理由のひとつに亡き式部卿宮という人物と自分の関わりについて知りたいという一面もあった。

 宮は姫の母宮を呼んだようで、少ししてからやってきた。母宮は姉宮の様子に驚いた。

「まあ、静宮。なんてこのような面白い事をこの私に内緒にされていたのでしょう。まあ帝には悪い事を致しておりますが・・・・。私はびっくりです!」
「わかってしまわれたのでしたらしょうがありませんわね・・・。そうですわ!この姫は私の綾姫ですわ。本当に帝には申し訳ない事を致しておりますが・・・。私も最初は驚き呆れてしまったのですよ。本当にうちの姫は後先考えもせず・・・。帝との恋もそうでした・・・。当時亡き帝の兄宮様のもとに入内が内定していたのにもかかわらず、駆け落ち寸前まで・・・。何とかうまくいって相思相愛の方と結ばれ、ご寵愛を一身に受け、東宮と姫宮を儲けられて何不自由なくお過ごしかと思ったのにこのような。別に頭中将殿ばかりが悪いのではないのですよ!子供は一人では出来ません!それどころか最近の帝ときたら・・・・。」
「常康様が何か?」
「あなたがこのような場所でのんびりされていた間にもう一人御妃様をお迎えになられたのですよ!」
「え・・・中将様・・・本当?」

中将は気まずそうな顔をしていう。

「ここのところ忙しくて休みが取れなかったのは後宮に入内があったからで・・・姫には言おうと思ったのですが・・・・。」

中将の話によると、帝が皇后に似た姫君をと所望され、色々な姫を集めて関白家で歌会を行い、式部卿宮家の姫宮を見初めたということらしい。そして毎日のように通われている寵愛振り。世間では皇后は見放されたように噂されているという。

「本当に身近で帝を拝見しておりますが、あのような変わりよう・・・尋常ではありません。昨日もこの私に言われるのです。もう一人入内させようと思っていると・・・。多分私が姫との文の受け渡し役を賜っているからかもしれませんが・・・・。本当に変わられたのか、それとも早く姫を後宮に戻されようとしているのか・・・・疑問なのです。」
「そういえば、式部卿宮様の姫は亡き式部卿宮様の姪に当たられるのですから・・・。式部卿宮様と亡き宮さまはご兄弟ですしよく似ておられたから。」

すると姫は伯母宮に聞く。

「あの・・・ずっと気になっていたのですが、どうしてこの私が亡き式部卿宮様に似ているのですか?」

母宮と伯母宮は少し困った様子でこそこそ話したあと、母宮が話した。

「綾子、いいかしら。あなたは私の殿であられる左大臣様の姫ではありません。実は殿と結婚する前に亡き式部卿宮様の正室として入ったのですが、懐妊間もなく急な病でこの世を去られたのです。まだ正式に式部卿宮妃懐妊の発表をしていなかったものですから、分家の摂関家で当時大納言であられた殿が懐妊を承知の上で後妻として降嫁したのです。なくなられた先妻の間には二人の姫様と若君がおられたので、居辛く、こちらの宇治にあなたと生活していたのですよ。ですので、今回入内された式部卿宮の姫君とは従姉妹同士・・・。似ていたとしても不思議ではありません。本当に日に日に宮様に似てこられて・・・。お顔もそうですけれど、活発なところや物をはっきり言われるところ、後先考えずに行動されるところなど・・・。一応あの方とは好きあって結ばれたのですから。一年余りの夫婦生活でしたが、とても充実した生活でした。これでわかったかしら。綾姫。」

姫は立ち上がって自分の部屋に戻ると、なにやら文を書き出す。

『常康様 今はどうしても帰ることは出来ませんが、桜の花が咲く頃後宮の思い出の桜の木に下でお待ちいたしておりますので、決してわたしの事を忘れないようにお願いいたします。綾子』

この文を持って中将のいる部屋に戻ると、中将に文を渡す。

「このような時に申し訳ないのですけれど、今すぐこの文を清涼殿に届けていただけますか?」

中将は少し戸惑った様子いたが、すぐに束帯に着替えると、文を持って馬に乗り内裏に向けて走った。

 頭中将は急いで大内裏に着くと、馬を預け内裏の清涼殿に向かった。帝はいつものように清涼殿の昼御座に座り、公務をこなしている。皇后が里下がりをするまでは公務中であっても朗らかな明るい表情で公務を行っていたが、その後の帝は人が変わったように黙々と公務を行い、何か殿上人が気にくわない事を言うとよく立腹される。殿上人たちも触らぬ神に祟りなしというような表情で、御前に現れ用事を済ますとさっさと下がる。

「帝、頭中将殿が殿上願いを・・・。」
「晃か。わかった。頭中将の殿上許す。」

頭中将は殿上を許され御前に座る。

「頭中将殿、今日は休暇のはずだが・・・・。ん?なにやら覚えのある香りが・・・。もしや。」

頭中将は胸元から一通の文を取り出し侍従の晃に渡す。

「お待ちかねの皇后様からの文を預かってまいりました。御前失礼致します。」
「待て。これを直接受取ったか?綾子はどのような様子か?」
「はい、先程皇后様のご在所より帝に至急の用事があると・・・。女房の萩殿を通じてですが・・・。御簾越しにお伺いしたところ、まだ臥せっておいでの様子でした。」
「会いに行きたいのだが・・・。」
「いえ!私が皇后様に帝に一度会われてはどうかとお伺いしたところまだその気になれないと仰せでした。」
「しかしなぜお前は御簾越しとはいえ、綾子の側までいけたのだ!」
「それは・・・・私の祖母と皇后様の母宮様が姉妹であられ、別邸も隣同士ですので皇后様幼少の頃より存じ上げておりましたからでございましょうか・・・。」

(申し訳ありません・・・今は私のところにいると決して言えません、それも私の子を御懐妊など・・・帝・・・。)

「初耳だな・・・まあいい。ご苦労であった。今から返事を書くから綾子に渡して欲しい・・・。」

そういうと御料紙に文を書いて頭中将に渡した。

「これを皇后に。あとこれは中宮から預かった文だ。これもあわせて頼んだよ。せっかくの休みを邪魔させて悪かったね。ご苦労。」

頭中将は頭を深々と下げると退出していこうとする。

「頭中将殿、最近あなたはいつも良い香りをしておられる。姫でも迎えられたのですか?」

頭中将はビクッとして振り返らないまま答えた。

「はい、帝の妃方のような麗しい姫ではありませんが、以前申しておりました理想の姫と今宇治にて細々と暮らしております。間もなく子も生まれます。たぶん妻の香が私の束帯に移ったのでしょう。では御前失礼します。」
「そうか・・・余計に悪い事をしてしまったね。」

頭中将は軽く頭を下げて退出していく。帝は幸せそうな頭中将を見つめ、ため息をついた。

(どうすれば綾子は機嫌を良くしてくれるのであろうか・・・。きっと式部卿宮の聡子姫の入内の件は耳に入ったのだろう。こうして文をくれたのだから・・・。姿形が綾子に似ているという理由で入内させたが・・・所詮は他人。ここ数ヶ月聡子姫のもとに通ったが、綾子のいない寂しさを紛らわせるどころか虚しさばかり・・・。入内させたのは間違いだった。先日頭中将にもう一人姫を入内させたいと嘘もついたし・・・。何をやっても裏目に出る。今回のことはまだこうして綾子から文が来ただけマシかもしれないけど・・・。)

そう思うとさらに深くため息をつく。そしてこの晩も藤壺にいる更衣である式部卿宮の聡子姫のもとに行く。

(この聡子姫は綾子と同じ満面の笑みで迎えてくれる。そしてこの私を受け入れてくれる。一時的であるが、綾子といる気分にさせてくれる。聡子姫には悪いけれど・・・。)

藤壺に入ると懐かしい香りがする。

「藤壺、この香りは?」
「橘さんに帝のお好きな香りだからと教えていただいたのです。調合するのに大変でしたのよ。」

そういうととてもうれしそうな顔で帝を見つめたので、何も言わなかった。そして藤壺の寝所で帝は聡子姫にこの香について言う。

「藤壺、この香は今後一切使わないで欲しい。この香は綾子、いや弘徽殿のものだから・・・他の人には使って欲しくない。せっかく私のために焚いてくれたのでしょうが、わかっていただけますね。」
「はい・・・。」

聡子姫は残念そうな顔をした。

「帝、弘徽殿様はどのような方ですの?」

帝は少し戸惑ったが、いずれわかることと思い打ち明ける。

「私が東宮時代から寄り添っている初恋の姫君です。あなたにとてもよく似た。桜が咲く頃にこちらに戻ってきますよ・・・きっと・・・。きっとね・・・。」

そういうと帝は悲しそうな顔をして眠りについた。



《作者からの一言》

帝はついに綾子に似た更衣を入内させ、寵愛します。しかし、本当にこの更衣は綾子の代わりなので、綾子が後宮に戻った途端寵愛されなくなります。とてもかわいそうな姫宮ですね^^;まぁ父宮もそれをわかっていて帝に差し上げたのですけれど・・・このあとこの更衣については当分出てきませんが、きっと他の群臣にお与えになって後宮を出て行かれたのでしょうね^^;藤壺更衣の年齢設定は15ぐらいです^^;

第46章 頭中将の母君
 秋が過ぎ師走がもうそこまでというの頃、中将は時間をかけてでも宇治から内裏に毎日早朝から出仕して夜遅くなって宇治の別邸に帰ってくる。姫のおなかもだいぶん目立ってきており、内裏から帰って来ては姫のおなかに耳を当ておなかの子供が動く様を楽しみにしている。姫もだいぶんこちらの生活にも慣れて、毎日のように交互で中将の祖母宮と姫の部屋を行き来し、楽しくお話や貝い合わせなどをして楽しまれる。戌の日のお祝いも、この祖母宮がたいそう立派にしてもらい、幸せな毎日を過ごしていた。度々中将が持ち帰る帝からの文を読むが、返事を書かずにすぐに中将に頼んで燃やしてもらう毎日である。今日は夜遅く帰ってきたが真っ先に姫のところへやってきていつものように話し始める。

「やっとお休みを頂けたよ。ここのところ節会や何やらでお休みがとれず、寂しい思いをさせてしまったね。十日ほどこちらにいるから・・・。」

そういうと寝所に入りいつものように眠りに着こうと思ったとき、表が騒がしくなった。二人は急いで上に何かを着る。表では祖母宮と他の方が言い争いをしている。

「気になるから行ってくるよ、ここで待っていて。」

すると祖母宮の部屋の前で中将の母君が祖母宮と言い争いをしている。母君は中将に気がつく。

「将直!こちらで何をなさっているの!ここ何ヶ月も本邸に戻らないと思ったら!こちらにどこの馬の骨かわからぬ姫を託っておられるらしいですわね!私は許しませんよ!」
「母上!私は子供ではありません。妻ぐらい私が決めます。放って置いてください!」

すると母君は泣き叫んで中将をひっぱたく。

「母はあなたの出世のためにどんなに苦労したかわかっていますの?あなたの縁談もすべてあなたの出世のために選んできているのに・・・。わかっていないのはあなたです!」

そういうと泣き崩れてしまった。すると母君の後ろで声がした。

「中将様のお母様・・・怒られるのも無理ありませんわ・・・。」
「姫!出てこないで欲しいと・・・。」

姫は母君の側に座って深々と頭を下げる。そしてお詫びの言葉を言った。

「誠に申し訳ありません。順序をわきまえず、このようなことになり・・・・。本当でしたら先にお母様にご挨拶をしなければならなかったはずを・・・。中将様はとてもいい方です。お母様が大切にお育てになられたからこそ、このような立派でお優しい公達におなりあそばされたのですもの・・・。」
「あなたが?あなたが将直の言う?」
「はい。遅れましたが、月子と申します。このように身重な体ではありますが、よろしくお願いいたします。」
「まあご挨拶はきちんとできる方ですのね。しかしご懐妊されているなんて・・・。まあ下級貴族の姫ではなさそうね。どちらの姫君かしら・・・。」

姫は下を向き、黙り込んだ。

「母上、この方は決して母上が言うような姫ではありません。内裏で知り合ったのですから。」
「じゃあ、女官か後宮の女房ってことね。内裏にお勤めされたの方ならまだマシというもの・・・。でも将直の正妻はこの私が決めますからね!いい?月姫は側室というのなら許しましょう。私帰ります。このようなところに長居は無用です。将直本邸にも顔を出しなさいね。」

そう言うとドカドカと本邸に帰っていった。頭中将はほっとした様子で、部屋に戻ろうとすると、中将の祖母宮が声をかけた。

「まあ、月姫。あの者をこんなに早く引き下がらせるなんて・・・。あの者が来るとつい喧嘩腰に言ってしまうのでいつも大もめになるのよね。月姫いらっしゃい。珍しいお菓子があるのよ。可愛い孫のお嫁さんですもの・・・。大歓迎よ。」
「おばあさま、姫は身重なのですよ。」
「いいじゃない。将直もいらっしゃい。明日ゆっくり休んだらいいのですから。さあ。」
「中将様。いいじゃない。せっかくですのでおばあ様のお相手を・・・。」

中将は渋々祖母宮の部屋についていく。



《作者からの一言》

なんと言う母君なのでしょう^^;プライドだけは高い・・・。まぁ母君の驚きはすごいものでしょうけど^^;可愛い一人息子が帰ってこないと思ったら宇治にいてなんと身重の妻がいた・・・。相当ショックだったのでしょうね^^;

第45章 綾姫の秘密
 中将は思い出したように姫に言う。

「あ、そうだ。今からおばあ様のところへ行きましょう。昨日の御礼もしないといけない。」

中将は姫の手を取ると、中将の祖母の部屋に向かった。すると客人が来ていた。

「まあ!将直。噂をすればですわ。ちょうどあなたの事を妹宮と話していたところよ。かわいらしい姫を迎えたと・・・。さあ月姫もこちらへ・・・。」

中将と姫は少し焦ったが、素知らぬ顔で対応する姫の母宮を見て安心する。

「まあなんてかわいらしい姫なのでしょう。お子様の誕生が楽しみですわね姉さま。」
「そういえば静宮の姫は、今上帝の皇后で東宮のご生母ですものね・・・。」

母君は少し驚かれた様子だったが、気を取り直して話し続ける。

「いえいえそれほどでも・・・。たいそう帝に気に入っていただいているようで・・・。大変喜ばしいことなのですが・・・。」
「そういえば静宮の姫も小さい頃にこちらに良くこられたことがあったのですよ。覚えていないかしら?将直。あの姫は本当に亡き式部卿宮によく似ておられて・・・。活発で・・・。」
「お姉さまそれは・・・。」
「そ、そうでしたわね・・・。あれは・・・。」 

姫は聞き間違いだと思ったが、ここでは聞けずに黙っていた。

「大叔母宮の姫は一度会ったことがありましたよ確か・・・。あの頃は元服してすぐの頃・・・とても活発な姫君で庭の池に・・・私が助けた覚えが・・・。」

(そんなことあったかしら?ここに来た記憶もないけど・・・。)

と姫は思った。

「よくお姉さまは私の姫をぜひ将直の嫁にと・・・。私も一時考えましたが殿がたいそうご立腹で・・・。」
「そうよ!将直に父親がいないそして身分がどうのこうのと言って反対されたのですから!院の皇妹である私が後ろ盾にと言っておいたのにですよ!今でもムカつきますわ!」
「お姉さまそれくらいになさって・・・月姫様がお困りに・・・。」

すると中将が口を挟んだ。

「今日はおばあ様から昨日結婚のお祝いに、様々なものを頂き、お礼を言いに妻月姫と共に参上したのですが・・・。妻は身重のため、これにて・・・。」
「まあ、そうでしたわね・・・月姫ごゆっくり・・・。」

そういうと中将は姫の手を取って部屋に戻っていった。

「なんと仲睦ましい事・・・。やっと将直も落ち着いて出仕できるでしょう。しかし、あの月姫、どこかで・・・。きっと他人の空似ね。」

姫の母君は話を変えようと必死になった。

「お姉さま、亡き式部卿宮様のことは私の姫には言っておりませんし、世間一般には・・・。」

この静宮という方は降嫁される前に一度式部卿宮と結婚し、新婚一年と経たない内に病気でなくなられ、懐妊されてすぐに静宮は未亡人となり、それを承知の上で現在の左大臣に後妻として降嫁した経緯がある。そのおなかにいた子が皇后である綾姫こと月姫である。もちろん綾姫は亡き式部卿宮によく似た姫君であったがそれを知りつつも自分の三の姫として左大臣は入内させたのだ。もともとこの静宮も御綺麗な方であったが、亡き式部卿宮も当代一といわれる程の整われた姿かたちの方でしたので静宮の父院が是非にと縁談を持ち込み結婚させて懐妊したとたんの不幸・・・。父院も生まれてくる子の為にと現在の左大臣に降嫁させた。もちろん一部の公達しか懐妊されていたことは知らないことで、当時新婚すぐに殿に先立たれたおかわいそうな姫宮として有名であった。こうしたことから、降嫁されてからすぐに正妻でありながらこちらの宇治に住んでいる。

 夜が来て中将と姫は同じ寝所の中で中将に腕枕をされながら昼間の話について話をする。もちろん寝所のある建物内は呼ばない限り誰も入ってこないので、安心して話が出来る。

「姫、裳着前のあなたとの縁談があったことなど初耳でした。そのまま話が進んでいたのならこうして忍んだことはしなくて良かったって事ですか・・・。おばあ様は嘘をつく方ではないから本当の話なのでしょう。」
「私と中将様が以前こちらで会ったなんて・・・それも命の恩人・・・。」
「そういえばその様な事があったなと思っただけで・・・。姫が大事な鞠を池に落とされてそれを取ろうと・・・。あの時は本当に驚いたのですよ。驚いて小袖になって飛び込んで実は私も溺れそうになりました。従者に助けられたので良かったのですが・・・。」

そういうと思い出したように笑っている。

「でも・・・母宮さまの言葉・・・亡き式部卿宮って・・・。どうして私がそのような方に似ているというの?お父様は現左大臣藤原実成のはずよ。母宮さまのお父様は帝の亡き曽祖父の院様ですもの。」
「そうですね・・・初耳です。今度出仕したら調べてみましょう。どこまでわかるかわかりませんが・・・。いずれわかることだと思います。さあ休みましょう。」

そういうと中将は姫の額にくちづけをすると、姫を胸元に引き寄せて眠りについた。姫も中将の胸元に潜り込んで眠りにつく。



《作者からの一言》

なんと綾子は左大臣の実子ではなく、亡き式部卿宮の姫君と判明しました^^;また実は頭中将にも裳着前に会っていたのです^^;そのまま恋に落ちていたら、このようなことにはならなかったのでしょうね^^;

第44章 月姫として
 実は頭中将の別邸は月姫(皇后)の母君の邸の隣にあった。以前は一つの大きな別邸であったが、降嫁してしまった頭中将のおばあさまと、月姫の母宮のために半分に分け建て替えられたのだ。もちろん帝の曾おじいさまである亡き院の縁の別邸ということで、特別視されて検非違使でもそう簡単に入って来ることが出来ないのである。

 頭中将と月姫は車に乗り込むと、連絡係の萩を残して隣の別邸に向かった。そしてふたりは別邸に住む頭中将の祖母に挨拶に行った。

「おばあさま、こちらは朝ご報告した姫君です。気に入っていただけるとうれしいのですが・・・。」

すると月姫が自己紹介をする。

「月子と申します。突然こちらにお世話になる上、正装もせずお邪魔致しまして大変申し訳なく思っております。よろしくお願い申し上げます。」
「まあなんてかわいらしい!きちんとした良い姫をお選びになったのですね。でもどうして本邸にお連れしなかったのですか?」

頭中将は苦笑して言った。

「おばあさま、母上の性格はご存知でしょう。勝手に私の子を身籠った姫を本邸に入れたらどうなるかを・・・。あの方は息子が思い通りにならないと気が済まない方だから・・・。」
「そうですわね、私のところに連れてくるのが賢明ですわ。月姫、この私を気にせずに自分のおうちと思ってゆっくりなさってくださいね。将直、いつまでこちらに?」
「今日はこれから宿直ですので、明日から当分近衛府にお休みを頂くつもりです。もちろんおばあさまのお名前をお借りすることにはなりますが・・・。」
「よろしくてよ。このようなかわいらしい姫君をお迎えになったところですもの。半月でもひと月でもどうぞ。ご結婚のお祝いとして、私から数点贈り物をさせていただきましたわ。きっとお役に立つと思いますわ。」
「助かりますおばあさま。さ、部屋に案内しよう、月姫。」
「はい・・・中将様。」

月姫は手を頭中将に引かれて部屋に入ると、急なことにもかかわらず様々な調度が揃えられていた。

「おばあ様が言っていたのはこれかな?」

といって鏡や櫛、そしてきれいな反物を手に取り、月姫に手渡す。そして反物を月姫に合わせると言った。

「これはいい。これでかさねを作ろう。こちらは男物だな・・・これは私にかな・・・。」
「中将様、内裏とはまったく違った表情をされるのですね・・・。中将様、その反物お貸しください。この私があこめをお作り致しますわ。あこめなど何度も・・・そう何度も・・・。」

月姫はここ最近帝のあこめを何枚も作っていた事を思い出した。帝は必ず縫って差し上げたあこめを着てくれていた。そしてあふれんばかりの笑顔で喜んでくれた。

「姫、無理をなさらなくても・・・。家のものに作らせますよ。健やかな子を産んでいただけたらそれで・・・。あ、もうそろそろ出ないと・・・宿直ついでに休職届けも出してまいります。姫・・・。」

そういうと頭中将は姫を抱きしめると名残惜しそうに部屋を出て行った。部屋にいる女房達は、二人の仲睦まじい姿に見とれている。すると一人の女房が近付いてきて姫に聞く。

「私は高瀬と申します。頭中将様の乳母の子ですの。さすがに私が小さい頃よりお仕えしてきた方ですわ。このようなお綺麗な方を妻に娶られるなんて・・・。左衛門督から頭中将になられてから、ずっと恋わずらいを・・・。特に長谷寺からお帰りになられた頃から寝込まれていたのですよ・・・。ここ数日まで・・・。それが急に元気になられたと思ったらこうして素敵な姫が現れて・・・。先程もここにいるもの皆お二人が並んでおられる姿を見て、絵物語に出てくるようなお二人だと感心しておりましたの・・・。私達も頭中将様のあのような表情は見たことがありません・・・。」

姫は扇で顔を隠して苦笑する。

「わからないことがございましたら、この高瀬にお申し付けください。頭中将様からいろいろ任されましたので。こちらにいる女房達も皆頭中将様がお選びになったものたちばかり。決して頭中将様の母君に見つかるようなことは致しません!ご安心を!」

(また中将様のお母様のこと?よっぽどのお方なのね・・・。)

「中将様の母上様?」

すると様々な女房達が集まってきて母君の事を言い合う。話によると、中将の父は源姓でありながら、大納言まで登りつめこれからという時に病で亡くなった。まだ幼かった中将を母君一人でここまで育て上げた方で、一人っ子であった中将を大変可愛がり、厳しくしつけをされたという。先帝や今上帝の信頼もあり、元服後従六位上左衛門大尉から十年で従四位下頭中将まで出世したという母君ご自慢の息子。これからも出世間違いないということで期待も多く、母君の一方的な縁談に相当困っていたらしい。姑との仲もそういうことからか良くもなく、中将は母君が口を出されるとすぐにこちらのおばあさまを頼って逃げてくるというわけだ。内裏にいるときの中将よりもこちらや姫の前の中将が本当の中将だということもわかった。姫は内心少しほっとした。女房達も本邸の窮屈な生活からこちらに来ることが出来てうれしいようである。

 次の日のお昼前、宿直から帰ってきた頭中将は少し疲れた様子で姫の前に座る。そして姫が笑顔で迎えると疲れが飛んだ様子で微笑む。

(公達の妻の生活ってこんな感じなのね・・・。出仕から帰ってきた殿をこうして笑顔でお迎えして・・・。もし常康様があのまま少将であられたら・・・今頃中将になられいてこのように・・・。)

ふっと悲しげな顔をする姫に頭中将は気がついたが、気づいていない振りをして狩衣に着替えた。着替え終わると中将は姫の膝に頭を置くと、姫は微笑んで中将の頬に手を当てた。

「中将様、宿直でお疲れでしょう。私の膝でよろしければ少しお休みに・・・。」
「ありがとう、そうするよ・・・。」

そういうとすぐに眠ってしまった。姫は高瀬に単を持ってこさせると、中将の体にかけた。姫はもともとこのような生活がしたかったのだと気がついた。宮中のような何かと儀礼の多い堅苦しい生活ではなく、ごく普通の生活を夢見ていたことを・・・。このまま後宮には戻りたくはないと思った。

 一刻ほど眠ったのか、急に中将は起き出す。そして女房達を遠ざけると、胸元から文を取り出す。

「あなたに渡そうか悩んだのだけれど、今日御前に呼ばれてしまってね、ついでに宇治に行くなら渡してくれと・・・・。女房達は遠ざけたから、読んだらいいよ。出来ればあなたとの橋渡しを頼みたいようないい方をされたが、当分こちらにいるからと言ってお断りしたよ。」
「そう・・・。中将様・・・嫌な役をさせてしまったようで・・・。」
「いえ、私こそあなたのような方をこうして独り占めにしているのですから・・・。お腹の御子が生まれるまでこうして夫婦のようにさせていただけるだけでも・・・。」

姫は文を開くと帝が大変心配して宇治のことやいろいろ不自由がないのかなど、書かれていた。どう見てもかなり動揺した文字で書かれている。姫は中将にその文を渡すという。

「今の私にはこのような文は必要ありませんわ。中将様、この御文を燃やしてください。今持っておくわけにはいきません。これから一年は綾子としてではなく、月姫として生きなければ・・・。」
「いいのですか?萩殿にでも渡しましょうか?」

姫はそれでも首を横に振っているので中将は庭に降りると従者に火を持ってこさせ、姫の目の前で帝からの文を燃やした。

「これでいいのよ、これで・・・・。」

そういうと姫は部屋の奥に戻っていき、脇息にもたれかかった。そして扇で顔を隠し、中将にわからないように涙した。もちろん中将は気づいていたが、姫のために黙っていた。



《作者からの一言》

頭中将にとっては楽しい日々が始まる反面、綾子は色々なことに気付く。なんだかんだ言っても頭中将を通して帝を見ているのです。それと決別するために、帝からの文を焼き続けます。もちろん頭中将は綾子の気持ちをちゃんとわかっているのです。

第43章 期限付きの新たな出発
 後宮に戻ってきて数日、皇后は里下がりの準備がある程度終わる。萩は皇后を気遣って何かとよくしてくれる。皇后は里下がりの間萩だけを連れて行くことにした。後の者は皇后が帰るまで、麗景殿にまわるもの、清涼殿にまわるもの、そして里に帰るものに別れた。明後日に里下がりをすることになっているので、昼間は様々な人たちが弘徽殿に出入りをする。一方夜になると、里に帰った者たちがいるので静まり返った。皆が寝静まると皇后は部屋を抜け出し思い出の桜の木にもたれかかると、頭中将との思い出を思い出しながら、星空を眺めた。

「次ここに戻ってくる頃は咲いているのかしら・・・。戻れたらの話だけど・・・次はきっと・・・。」

すると後ろで声がする。

「次は私とではなく帝とですか?」

皇后は桜の木の後ろを見ると頭中将が立っていた。

「朧月夜の君・・・忘れようとしても忘れられませんでした・・・。帝のものとわかっていながら・・・。初めて恋煩いというものにかかってしまいました・・・。」
「桜の君・・・私・・・あなたの子供を身籠りました・・・。だから・・・病気と偽り里下がりを・・・。」
「私の?」

皇后はうなずくと頭中将は皇后を抱きしめる。

「なんと言う事をしてしまったのだろう・・・。あなたを苦しめることになってしまった・・・。」
「私、どこかでこの子を産んで、そのまま姿を消そうと思っているのです。」
「それはいけない!帝のためにも東宮様のためにも後宮にお戻りください。あと・・・よろしければ私の宇治にある別邸をお使いください。そしてお腹のお子は私が引き取ります。」
「一度実家に戻り、宇治にいるお母様の別邸にお世話になるつもりでしたが・・・。」
「それならそちらにお迎えにあがります。別邸には帝のおじいさまであられる院の妹宮である私の祖母がおります。とてもよいお方ですので、ご安心を・・・。」

そういうと頭中将は立ち去っていった。

 里下がりの前の日、昼間からいろいろな人たちが挨拶に訪れた。もちろん中宮も訪れる。

「綾子様、寂しくなりますわ。出来るだけ早めのお帰りくださいね。」
「和子様・・・帝のこと、頼みましたよ。私の代わりに・・・。」
「はい・・・綾子様がいらっしゃらないと、この後宮も明かりが消えたように寂しくなりますわ・・・。」

皇后は微笑んで中宮を見送った。夕方になると、帝がやってくる。当分会えないので今夜は一緒に過ごすことになっていた。皇后にとっては針の筵のような晩だった。何も言えず、帝と時間を過ごした。朝が来ても帝は皇后を離さず、里下がり寸前まで一緒にいた。警護の左近中将が迎えに来ると、皇后は帝に頭を下げ車に乗り込んだ。帝は悲しそうな顔をして皇后を見送った。実家に帰ってくると、東宮が走ってきて皇后に飛びついた。

「母上!いつまでここにいるの?」

無邪気にはしゃぐ東宮を見て皇后は微笑むが、この先こちらに戻れないかもしれないという寂しさでいっぱいであった。少し歩き出した姫宮を見るといっそう涙がこみ上げてくる。

「聞いて若宮。母は病気なのです。今からおじい様にご挨拶をしてすぐにこちらを発ちます。」

東宮は涙を浮かべて皇后に抱きついた。

「若宮は姫宮のお兄様でしょ。母がいなくても大丈夫よね。母は早く元気になるように静養にいくの。いいわね。」

若宮はうなずくと皇后と一緒に左大臣の部屋に向かう。左大臣は皇后を迎えるという。

「はじめ里下がりと聞いて、驚いたよ。帝から見放されたと・・・。でもそなたが病気がちと聞いてね・・・。帝もたいそう心配されていたよ。空気のきれいな宇治に行ってゆっくりしておいで。そしてまた帝のご寵愛を一身に受け、皇子を授かっていただかないと・・・。」

「お父様、私はどうしても一人で籠もりたいので、決してこちらには来ないでください。来られても会うつもりはありません。ゆっくり静養したいのです。あと、若宮と、姫宮のこと、よろしくお願いします。」
「わかった、ゆっくり静養すればよい、しかし近況報告ぐらいはしてくれよ。」

皇后は深々と頭を下げる。そして宇治の別邸に旅立ってしまった。

 宇治の別邸につくと、皇后の母君が待っていて、皇后を心配そうに眺め抱きしめる。

「萩からの文を見ました。大変なことになってしまったのですね・・・。いいからこちらにいらっしゃい・・・。お客様がお待ちよ。」

そういうと客間に皇后を通す。そこには狩衣を着た頭中将が座っている。

「綾姫、この方からお話を聞きましたわ。びっくりしてしまって・・・。この方のおばあさまは私の腹違いの姉上なのですもの・・・。以前言ったわよね。私と、帝の父上様は叔母と甥の関係だと・・・。私は亡きお父様が晩年、院の時代に出来た姫ですし。お姉さまは私よりも二十も上の方。親子といってもわからないくらいよ。なんというめぐり合わせなのでしょう。でも、あなたの身を明かしてはいけませんよ。お姉さまは私の姫が皇后になられた事を知っているから・・・。度々お姉さまのお邸には御呼ばれしているのですけれど、お邸では他人ですわよ、ねえ綾姫。名前を変えないといけませんね。何がいいかしら。月姫ってどうかしら?朧月夜の君なのですものね。」

皇后の母君はとても楽しそうにこれからの話をする。

「お母様、結構楽しそうですのね・・・。」
「わかった?なんて物語のような・・・私も若ければ・・・殿と別な方と・・・。」
「お母様!」

すると母君は真剣な顔をして頭中将に言う。

「きちんと責任は取っていただけるのでしょうね。これはあなたのご家族、そして左大臣家に関わることなのですよ。もしこのことが帝の耳に入ったとしたら・・・いくら帝が心の広い方であっても許されませんよ。綾姫を迎えるご用意は整っているのでしょうか?こちらも空蝉のように皇后がいるというように対処します。よろしいわね。」
「もちろん、女房もお道具もそろえました。女房達も本邸から口の堅いものを選んで連れてまいりました。あと問題は私の母上なのですが・・・。子離れできていないというか・・・。何とかなるとは思いますが・・・。」
「あのお方ね。お姉さまからよく聞いておりますわ。あなたの縁談にとやかく言うと聞きました。」
「それなら話は早いですね。期間限定の夫婦とはいえ、母上が出てくるとまずいのですが、おばあさまと仲が良くありませんので、まず宇治の別邸には来られないかと思うのです。しかし私がこちらに通うとなると口出しするかもしれませんね・・・。月姫、おばあさまは本当にいい方だから心配しなくていいですよ。きっと可愛がってくださる。私も実はおばあ様っ子なのですから・・・。」

今まで見たことがない頭中将の姿に、皇后は微笑んだ。



《作者からの一言》

頭中将との期間限定の生活が始まろうとしています。頭中将としてはとてもうれしいことなのでしょうけれど、皇后は本当に複雑なのでしょうね^^;

皇后の母君、静宮はなんと楽天的な性格の方なのでしょうか?自分の娘の苦悩を楽しんでいるようです^^;

頭中将は内裏では真面目で凛々しい顔つきで出仕しているのですが、プライベートではなんとも子供っぽい顔をする人なのです。まぁ言う甘えたさんかな・・・。本当の事を言うと頭中将の年齢は帝よりも上ですよ。三歳くらい上かな・・・・。決めていなかった・・・。

第42章 長谷寺詣
 皇后が長谷寺の向かう当日、朝早く旅立つ皇后を送るために弘徽殿に帝はやってきて、皇后の手を取ると、弘徽殿に横付けされた車まで見送った。お付の近衛の者達は、深々と頭を下げ、皇后やお付の女房達が車に乗り込むのを待つ。

「綾子、ゆっくりしておいで。私と孝子と一緒に待っているからね。」

皇后は扇で顔を隠しながら帝に会釈をすると、車に乗り込んだ。

「頭中将、頼みましたよ。」
「御意!」

そういうと頭中将は出立の合図をする。途中大和国に入ると、大和守やその従者達が列に合流し、警備を固める。そして大和の行宮(かりのみや)で一泊して長谷寺に向かった。長谷寺の宿坊の着くと住職が、皇后を部屋に案内し、長谷寺について話していく。宿坊から見えるきれいな牡丹が皇后の心を癒した。まだ満開ではないが、ちらほら咲いた牡丹はやはり花の寺として有名な長谷寺だけはある。特に今回は皇后のために寺を貸し切られていたので、ゆっくりと他の人を気にせず、半月間過ごすことができそうだ。

「萩、散策してもいいかしら・・・。近くで牡丹を見てみたいの。」
「それでは準備を致しましょう。警護の者も付けないと・・・。」

壷装束を来て頭から袿を被って庭を散策する。そしてある程度後ろから、近衛の者が警護をした。

「帝にも見ていただきたいですわね。こんなにきれいだなんて・・・綾姫様。摂津さんもつれてくればよかったですのに・・・。」
「ええそうね。長谷寺に来ている間、他の者達は里帰りできるのだからいいじゃないかしら。ここに連れて来た者たちもみんな気の知れたものたちばかり・・・。ゆっくりできるわ。あなたも羽を伸ばしなさいね。それとも内裏にいたほうがよかったのかしら?」
「何を言われますの?綾姫様。」
「知っているのよ。五位蔵人橘晃殿と仲が良い事くらい。」

萩は顔を赤くして黙り込んだ。

「秘密にしなくていいのよ。萩はそろそろお嫁に行ってもいいのよ。帝も同じ事を言っておられたのだから・・・。」

皇后は微笑んで萩を見つめる。

「ねえ萩、袿取ってもいい?暑いし、よく見えないもの・・・。萩は何も被ってないからよく見えるだろうけど・・・。」

萩は周りを見回して、警護の者の位置を確認したうえで、そっと皇后の袿をはずす。

「ありがとう萩・・・。やはりここの風は気持ちいいわ。後宮の堅苦しい空気と違うわ。」

萩は人の気配を感じるとまた皇后に袿をかぶせる。

「さあ、お部屋に戻りましょう。警護の者が近付きすぎですわ。まだこちらに何日もいるのですから、またゆっくりと・・・・。」

そういうと、萩は皇后を部屋に入れる。皇后は残念そうな顔で部屋に戻り、身なりをととえて脇息にもたれかかる。皇后はつまらなそうな顔をして、外を眺める。高い山の奥では、まだ山桜が咲いている。

(桜か・・・。桜の君は今日都へ帰られるのかしら?)

皇后はつい頭中将の事を思い出してしまい、顔を赤くした。ここまで来る道中も、皇后の車の横についていて皇后の体調などを伺いながら列の指揮をしていた。皇后は頭中将の声を聞き、自分の立場を見失いそうになった。

(常康様と出会っていなかったら、桜の君と結ばれていたかもしれない・・・。常康様がいなかったら?)

皇后は、最後に密会した日の事を思い出す。いつも微笑みながら雑談をしていた頭中将が、急に真剣な顔をして皇后を引き寄せ口づけをした後、求婚してきたあの時、はっと気が付いて、頭中将を離して走り去ってしまった時・・・。

(ここは常康様がいない。ちゃんと桜の君に本当の自分を知っていただかないと・・・。ここでなら会えるかしら?)

そう思うととても夜になるのが待ち遠しく思った。

 夜が来て皆が寝静まると、そっと起き出し袿を着て外に出た。そして廊下に座ると、三日月を眺めながら少し考え事をする。皇后は思い立った様に庭に下り、少し歩いた庭の石に腰掛けて夜空を見上げる。皇后はすらっと歌を詠むと、後ろで人の気配がする。

「その歌は誰に宛てた歌ですか?」

どこかで聞いたような声が近付いてきた。

「桜の君?」
「その歌は帝に宛てたのですか?朧月夜の君・・・。」
「え?」

そういうと頭中将は後ろから皇后を抱きしめる。

「あなたが、皇后様であったなんて・・・。どおりで身のこなし等に気品が・・・。」
「ずっと言えなかったのです・・・。でもいつ?」
「到着後の皇后様が庭を散策されていた時・・・被っていた袿を取られた時です。後ろで警護を致しておりました・・・。」
「そう・・・もし今日ここで会えたらきちんとあなたに言おうと思っておりました。」
「だからですか?私からの求婚を・・・。」
「私はあなたとは結婚できません。私には帝がおられるのですから・・・。」
「そうですね・・・。明日の朝、都に戻ります。帝に長谷寺に無事送り届けたと報告に戻らないといけません。朧月夜の君・・・。」

そういうと頭中将は皇后の手を引き引き寄せると抱きしめた。

「あなたへの想いは変わりません、しかしあなたは恐れ多くも帝の妃、それもご寵愛を一身に受けておられる方。私はこのあなたへの想いを我慢できません。あなたの心の中に、少しでも私の存在があるのでしたら、今夜を共にしていただけないでしょうか・・・。今夜限りであなたを諦めます。あなたとのよき想い出を・・・。」

皇后はうなずくと、頭中将は皇后を抱きしめた。そして自分の装束からあこめを脱ぐと、皇后にかぶせ、頭中将が泊まっている部屋に案内した。部屋に入ると扉の鍵をかけ皇后からあこめをはずすと、改めて皇后を抱きしめくちづけをした。

「あなたが帝の妃ではなければ、このままどこかに連れ去りたい・・・。せっかく理想の姫と出逢ったと思ったのにもう別れなければならないなんて・・・。来世では一緒になれたら・・・。」
「私はあなたのことが好きです・・・。もう少し早く出逢っていれば・・・。」

そういうと二人は抱き合い、夜を過ごした。

 夜が明ける前に二人は別れ、皇后は寝静まった部屋にこっそりと戻った。誰も気が付かない様子で皇后はほっとした。そして横になり、頭中将の肌の温もりを思い出し、眠気が覚めてしまった。朝が明け少し経つと、萩が皇后を起こしに来る。

「綾姫様、頭中将様が近衛の方々の半分を連れて都に一時帰られるそうで、皇后様にご挨拶をと参っておりますが・・・・。今大丈夫でしょうか?」
「ええ、もうだいぶん前に起きているから、大丈夫よ、お通しして・・・。」

すると、頭中将は皇后の御簾の前に座ると、深々と頭を下げる。先ほどまで一緒にいた二人は、皆に悟られないように装うが、やはりお二人共の顔は赤らんでいる。

「今から都に戻って帝に長谷寺まで皇后様を無事お送りした事を、報告に言ってまいります。またご帰郷の際にはお迎えに参上いたしますので、よろしくお願い申し上げます。何か帝にお伝えすることがございましたら何なりとお申し付けください。」
「頭中将様、ではお伝え願いますか?離れ離れになっていたとしても心は一つでございます。どうぞお元気で・・・と・・・。」

もちろんこの言葉は頭中将に向けられた言葉であって、そのことに頭中将は気づいた。しかし平静を装っている。

「では、御前失礼致します。」

そういうと皇后の部屋を下がり、数人の近衛の者を引き連れて馬に乗って都に帰っていった。皇后は萩たちに悟られないように頭中将との別れに涙する。

毎晩のように部屋を抜け出しては来るはずのない桜の君を待ってみる。数日が経ち、月が満月に近付いた頃、いつもと同じように抜け出していつものところで石に腰掛けて月を眺める。すると今日はいつもと違って宿坊の方が急に騒がしくなったので、慌てて部屋に戻ろうとすると、暗がりのためか小石につまずいて転んでしまった。皇后は起き上がって衣に付いた土を払い転んでかすり傷をした膝に付いた土を座り込んで丁寧に払っていると、ちょうど目の前に手のひらを差しのべる。

「大丈夫?綾子。」
「常康様?」
「そうですよ。つい綾子のことが気になりすぎて夢にまで出てくるようになったから、関白殿に無理を言って馬でここまで走って来たのだよ。でもどうしてこんなところにいるの?皆心配しているよ。さあ部屋に戻ろう。萩に言って手当てしてもらおう。」

そういうと帝は皇后を抱きかかえて部屋へ戻る。部屋では萩たちが心配そうに皇后を探していたようで、帝に抱えられた姿を見て一堂は安堵する。

「綾姫様!どちらに!」
「萩・・・眠れなくて・・・月と牡丹を見に行っていたの・・・。夜なら何も被らなくていいと思って・・・。」

萩は脹れながら皇后の手当てをする。

「常康様・・・いつ?」
「さっき着いた所だよ。予定よりも時間がかかってしまった。明日当たり空の車が来る。車では時間がかかりすぎて待てないから、橘晃と綾子の兄上とともに馬で走ってきた。」
「頭中将様は?」
「長谷寺から帰ってきた後から様子がおかしくてね・・・。毎日出仕していたのに最近休みがちで・・・。綾子の迎えを辞退したよ。家の者に聞くとなにやら寝込んでおられるらしい・・・。たぶん長谷寺往復で疲れが出たのかな。」
「そう・・・。」

萩は帝に白湯を持ってくると、いう。

「お部屋はこちらでよろしいのでしょうか?こちらは宿坊ですので大したおもてなしはできませんが・・・あの・・・あっちの方も・・・。」

帝は照れながら微笑むといった。

「わかっているよ。久しぶりの馬で疲れたからもう寝るよ。そうそう萩、控えている橘晃と左近中将殿に部屋を案内してやって欲しい・・・。」

萩はさっさと部屋を出て空いている部屋に案内した。帝は皇后の寝所に潜り込むとすぐに疲れているのか眠ってしまった。皇后は帝の側に横になると、帝の手を取り自分の頬にあてる。

(常康様・・・申し訳ありません。私・・・頭中将様のことが好きです。忘れようと思っても忘れられません。常康様は本当にお優しくていい方なのですが・・・。私を想ってわざわざこちらまで馬を走らせ来ていただいたのに・・・。このまま後宮には戻りたくありません・・・。)

皇后は自分の体の変化に気が付いていて、後宮を密かに出る事を考えていた。しかし出るにしても一人では何も出来ない。頭中将に体の変化を伝えようとしても一人では・・・。そこで皇后は意を決し、萩に伝えようとした。皇后は帝が熟睡しているのを確認して控えていた萩を庭に連れ出した。

「姫様お待ちください!!どちらへ!」

誰も来ないような場所に萩を連れ出すと、皇后は話し出した。

「萩、いい?あなたは私の味方よね・・・。何があろうとも・・・。」
「もちろんです!物心付いた頃より姫様のお世話をしております!」
「帝にも、お父様にもみんなには内緒よ!お母様には言わないといけないかもしれないけれど・・・。私、多分だけど身籠っているの・・・。」
「帝のお子ですか?そういえばまだ月の穢れが・・・。」
「帝のお子であればここまで悩まないわ。」
「では一体・・・・。もしや・・・。頭・・・。」

皇后はうなずくと、頭中将との詳しい経緯を萩に告白する。萩は顔を真っ青にして聞き入っていた。

「宇治にあるお母様の別邸があるでしょ。あそこはもともと亡きおじい様である院のもので、そう簡単には役人が出入りできるものではないのよ。帝でもよ・・・。そちらに病気として籠もろうと思うの。病気であれば里下がりが出来ると思うの。そちらで密かに御子を産んで・・・里子に出すしかないわ・・・。本当は帝の子として育てていくのがいいのでしょう。でももし、帝に似ていなかったら?これしか道はないのよ・・・。桜の君にもご迷惑はかけられないし・・・。もちろん実家にも・・・。何があっても、決して面会はしない。本当なら今すぐにでもここを出て行きたいのよ・・・。」
「わかりました。私の命に代えてでも!姫様をお守りいたします!」
「ありがとう・・・。とりあえず都に戻ってから・・・。」

そういうと二人は部屋に戻り眠りに付いた。

 朝を迎えると、帝と皇后は朝餉をとりながら会話をする。

「こちらに来た時は夜だったからよく見えなかったけれど、やはり花の寺といわれるだけありきれいだね・・・。あとで近くまで行って見よう・・・。護衛には君の兄上を付けるから、何もかぶらなくてもいい。ゆっくりと散策できる・・・。綾子、やはり気分がすぐれないの?」

返事のしない皇后を見て帝は心配をした。

 帝は皇后の手を引いて庭を散策する。皇后が来た時と違って、いろいろな牡丹が満開になっていた。帝は大変喜んで皇后に微笑む。

「無理を言って来てよかったよ。私の日々の気分も晴れそうだ。さっき私の車が到着したようだから、明日出立するよ。十分楽しまないと・・・。ね、綾子。綾子?」

帝は皇后の真剣な顔つきを見て驚いた。

「常康様、お願いがございます。」
「何?綾子の気分がよくなるのであれば、何でも聞いてあげるよ。」
「当分の間里下がりをお許しいただけないでしょうか?」
「そうだね、最近綾子は何だか変だ。きっと後宮の暮らしが窮屈なのかもしれないね・・・。期間は?」
「わかりませんが最低1年は頂きたいのです。」

すると帝は驚いたが、うなずき皇后の願いを聞き入れた。帝の寂しそうな顔を見て皇后は今にも今までの行いを告白しそうになったが、頭中将の事を思うとそれは出来ずにいた。

「綾子、きっと帰ってきてくれるのだろうね・・・。何だか胸騒ぎがするのだ・・・。」

帝の言葉に皇后はドキッとした。皇后は軽くうなずくと、また下を向いた。

「約束だよ・・・。」

そういうと帝は皇后を抱きしめた。皇后は改めて帝の優しさと心の広さを感じ涙を流す。皇后は涙をふき取ると、微笑んだ。

「きっと戻ります。きっと・・・。しかし御文を頂いてもお返事できないかもしれません・・・よろしいですか?」
「しょうがないね・・・。絶対戻っていただけるのならば我慢するよ。」

二人は無言のまま部屋に戻り、次の日朝早く都に向けて出立した。



《作者からの一言》

ほんとにとんでもないこと・・・。密通の相手の子を身籠る皇后・・・。わかったときには相当悩んだのでしょう。それなら関係を持つなと突っ込みたくなりますが、ここは平安時代。なんでもありかもしれません。

都の戻った頭中将は皇后に対する想いが募りすぎて恋煩いになってしまった^^;これ以上会ってはいけないとお迎えを辞退したのです。また出仕を控えたのも、やはり帝に後ろめたいことがあったからでしょうね^^;頭中将の初めてのお相手は皇后ではないのですが^^;初めてのお相手は後ほど出てきます^^;びっくりする相手ですよ~~~。

第41章 朧月夜の君
 春が訪れ、皇后は自分の二人の子供たちが側にいない寂しさを、毎晩弘徽殿を抜け出して小袿のまま庭に出て満開の桜を眺める。誰もここに皇后がいるなど思うはずがない。ここ二、三日うす雲がかかった朧月夜である。その朧月を見てさらに皇后はため息をついて、桜の木にもたれかかる。

「毎夜そちらにおられますが・・・どうかなさったのですか?」

皇后は驚いて声のするほうを見る。

「誰!」

そこには品のよい宿直装束を着た若者が立っていた。

「まるである物語の朧月夜の君のようで・・・。つい毎晩のように眺めておりました。どちらの女官か女房殿か・・・・。毎晩眺めているうちにお美しいあなたのことが好きになってしまいました。」

そういうと皇后の手を握り手の甲にくちづけをする。皇后は帝以外の男にそのような事をされたことがなかったので、顔を真っ赤にして固まってしまった。暗がりでその男の顔ははっきりとは見えないが、なんとなく帝とは違った感じの姿形のよい者で、ついときめいてしまった。

「何も言われないということはよい返事と取ってよろしいのですか?」
「え?」

そういうと、桜の木の下でその男は皇后の唇にくちづけをする。

「あなたの事を朧月夜の君と呼んでよろしいですか?また会いましょう・・・。」
「あの!あなたは?」
「桜の君とでも呼んでいただこうかな・・・。では失礼します。」

皇后は放心状態で、男が消えていくのを見つめた。皇后ははっと気づくと、急いで弘徽殿へ戻った。そして何もなかったように寝所に潜り込み単を頭の上まで被った。

「桜の君・・・・。」

思い出したようにそういうと、先ほどの出来事を思い出し、顔を真っ赤にしてなかなか眠ることができなかった。

その後も桜の君が宿直の日、同じ時間同じところで密会をした。いつもいろいろ話をしたりするだけで、最近公務が忙しく後宮に来ない帝へ募る思いを忘れ、楽しい日々を過ごした。

「朧月夜の君、この私と結婚していただけますか?」
「え、それは・・・。」

そういうと、皇后は桜の君を離して、弘徽殿の方に走り去った。

(皇后様付きの女官か、女房殿だったのか・・・。)

桜の君はそう思うと、宿直所へ戻っていった。

 次の日、帝は皇后のもとにやってきた。以前より皇后が帝に頼んでいたことについてのようだ。帝がなかなか夜のお渡りがなかったわけもこれにあった。

「綾子、以前より行きたいと言っていた、長谷寺詣の件だけど、いろいろ手配が整ったよ。近衛の者から数十人列に付かせる事にした。」

帝が扇を鳴らすと一人の男が帝の後ろに座り深々と頭を下げる。

「この者は今回の列の責任者である新頭中将源将直殿だ。昨年まで衛門府にいたので腕は確かだ。そしてとても信用できる者。安心してお任せしたらいい。」

頭中将が頭を上げると、皇后は驚いて声が出なくなった。

(桜の君様・・・。)

「どうかしたの?綾子・・・。」

皇后は顔を扇で隠したまま、震える。もともと桜の君は皇后の事を後宮に出仕している女官か女房と思っている事を皇后は知っていたので、声を出せば自分が朧月夜の君とわかってしまうと思った。萩は機転を利かせ代理で返事をする。

「綾子、ここのところこちらに顔を見せてないから怒っているのですか?今晩こちらに参りましょう。昨日までのように清涼殿に詰めておく必要はなくなったし・・・。」

そういうと、帝は頭中将を連れて清涼殿に戻っていった。

「どうかなさいましたか?皇后様・・・。」
「萩、ありがとう・・・。ちょっと気分がすぐれないの・・・一人にしてくれないかしら・・・。」
「では薬湯を・・・。」
「いいわ・・・とりあえず一人にしてくれないかしら・・・・。」

皇后は一時とはいえ、頭中将にときめき、微かな恋心を抱いていた。今まで帝の寵愛を一身に受けていたのにもかかわらず、一時の偶然的な出会い・・・。皇后は密かな恋心を帝のために心の中に封印しようとした。

(私は何という事をしてしまったのだろう・・・ただの半月帝が来られなかったというだけで、他の殿方と・・・。)

一方頭中将は弘徽殿の中に朧月夜の君がいないかと目で追って探していた。しかしそれらしい女官や女房は見つからなかった。

(本当に弘徽殿にいる方なのか?もしかして物の怪の類かそれとも幻か・・・。あのように美しいのなら物の怪でも幻でも構わない・・・。)

そう思った頭中将はこの日の同じ所同じ時刻に行ってみる。今日はいくら待っても朧月夜の君は来ず、桜の木下で座り込む。出会った時に満開であった桜はもう散って葉桜になろうとしていた。今夜は朧月夜ではなくきれいな満月の夜だった。

(やはり朧月夜ではないと会えない幻か・・・・。でも確かにあれは生身の体・・・。)

頭中将は苦笑をし、その場を立ち去った。

帝は皇后を弘徽殿の庭に連れ出す。

「ほら見てごらんよ、綾子。今日はなんてきれいな満月なのだろうか・・・。」

皇后は浮かない顔をして満月を見上げる。すると帝は皇后の腕を引っ張るとあの桜のところにやってきた。そして皇后を抱きしめた。

「ここなら誰も来ないよ。綾子・・・。」

そういうと帝は皇后に口づけをした。まるで桜の君と同じような行為に皇后は涙を流した。

「常康様、なぜわざわざこちらに?」
「弘徽殿では必ず二人きりにはなれないからね。ここはよく右近少将の頃、宿直の時にここに来て桜と月を眺めたところだ。もう桜は終わってしまったけれど、ここなら誰も来ないと思って・・・。綾子が長谷寺に行くと当分会えないから今のうちにこうしてじっくり綾子の顔を見ておきたかった。」

そういうと帝は皇后の額に帝の額をあわすと、微笑んで改めて口づけをした。皇后は桜の君との密会の記憶と重なってしまい、帝を離して弘徽殿に走って戻った。

(やはり相当綾子は怒っているのだろうか・・・。でも・・・。)

そう思うと帝はため息をついて弘徽殿に向かっていった。帝は弘徽殿の階段に腰掛けて、月を眺めながら皇后のおかしな態度について考え事をする。もちろん皇后が頭中将と密会を繰り返していたなどとまったく気が付いていない様子である。橘が帝に気が付き、声を掛ける。

「帝、どうかなさいましたか?このような場所で・・・。」
「綾子の態度が気になって・・・。今まであのような態度など見せたことなどなかったのに・・・。私のこと嫌いになったのかな・・・。」
「そんなことはありませんわ・・・。大事なお子様方と離れて過ごされておられるのできっと滅入っていらっしゃるのだと・・・・。長谷寺詣できっと気晴らしになられ、元気になられますわ。」
「ならいいが・・・。こういうときはそのままにしておいたほうがいいのかな・・・。ありがとう橘・・・。」

そういうと帝は弘徽殿に入っていく。そして皇后のいる寝所に入ると単を頭から被って泣いている皇后を見つめ、帝は横になった。

「綾子、長谷寺から帰ってきたら、こちらに孝子を呼び寄せよう。内親王であれば後宮で過ごしても問題はない・・・。同じ弘徽殿で一緒に暮らしたらいいよ。気が付かなくて悪かったね・・・。あなたから大切な姫宮を取り上げたような事をしてしまって・・・。」

皇后は帝の優しさに触れ、さらに桜の君との密会について自分を責めた。やはり反応がない皇后に対し、帝はため息をつくと立ち上がった。

「やはり綾子をそっとしておいた方がいいようだね・・・。清涼殿に戻る。別に怒ってはいないからゆっくり休みなさい。」

そういうと寝所から出て、橘を呼ぶ。

「どうかなさいましたか?ご気分でも?これから麗景殿へお渡りになりますか?」
「いや、もう夜が更けてしまった。和子には迷惑だろうから清涼殿へ戻るよ。」

そういうと橘に先導されて清涼殿に戻る。すると滝口のあたりで頭中将に出会う。

「頭中将殿、今日はあなたが宿直なのですか?ここのところ多いですね。」

帝に気が付いた頭中将は頭を下げる。

「皇后は相当機嫌が悪いらしい・・・。このようなことは初めてだ・・・・。眠気も覚めてしまった。良ければ話し相手になっていただけるとうれしいのだが・・・。」

そういうと清涼殿の片隅で二人は話し出す。

「頭中将殿はどうして頭中将になられてから宿直が多いのか?」
「私には他の公達と違って通う姫がおりません。家にいても仕方がないので、こうして毎夜他の者と変わって宿直を・・・。夜の内裏は静まり返り気分も落ち着くのでございます。」
「どうして通う姫がいないのですか?」

頭中将は苦笑して帝に申し上げる。

「お恥ずかしながら、理想的な姫にめぐり合えないだけでして・・・。しかし想う女(ひと)はいます。その方は朧月夜の夜に出会っていろいろ楽しい時間を過ごしました。しかし求婚をしたとたん消えてしまわれた。あれはもしかしたら桜か月の精かもしれません。まるである物語の朧月夜の君か、かぐや姫の様・・・。」

帝は微笑んで頭中将に言う。

「その姫と結ばれると良いですね。皇后は元服前に出会った初恋の姫。とても理想的な姫・・・きっと私は皇后が良い家柄でなくても妻に迎えていたことでしょう。しかし今まで機嫌を悪くしてもすぐに笑顔に戻る姫であったのに・・・今回は違うようだ。」

帝は苦笑して月を眺める。

「女性というものは秋の空のように変わりやすいものと聞いております。長谷寺詣に行かれて気分転換されるときっともとの皇后様に戻られます。」
「だといいね。普通の公達の妻であれば、のびのびと生活できるのであろうが、何かしら宮中は堅苦しい・・・。ここだけの話だけれど、あの時私が右近少将のままであったらと度々思うのですよ。そうすれば、皇后も東三条の若宮や姫宮と共に過ごせたのに・・・。頭中将、警備中に引き止めて悪かったね。少し気持ちがすっとしたよ。ありがとう。ゆっくり眠れそうだ・・・。戻っていいよ。」

頭中将は深々と頭を下げると、内裏の警備に戻っていった。帝も寝所に戻り眠りに付いた。



《作者からの一言》

皇后綾子の浮気発覚です・・・。今のところ帝はこのことは知らないと思います^^;もちろん頭中将も想い人が皇后など思っていないのです。この三角関係に一番悩むのはやはり浮気をしてしまった皇后なのでしょう・・・。このことが将来とんでもないことになるのですが・・・・。さあ、お相手頭中将が警備で同行する静養先の長谷寺にレッツゴーです^^;さてどうなる???

第40章 疑惑
 亡くなった内親王の喪が明けると、皇后と中宮は揃って二条院の若宮と東三条の姫宮を連れて参内し、帝の御前に挨拶に現れる。皇后の側には東三条の若宮を連れている。帝は東宮である東三条の若宮を呼び寄せ、膝の上に座らせる。帝の側には宣耀殿女御が座っていた。一通り皇后と中宮が挨拶を済ませると、帝の御簾の中に入りそれぞれの御子を見せた。

「父上、弟と妹はとても可愛いね。」
「そうだね。雅和と孝子というのだよ。雅孝はもう二人の兄上だから、可愛がるのですよ。特に孝子はお前と同じお邸に住むのだから仲良くな。」
「雅和は?」
「母君が違うので違うお邸だよ。」
「ふ~ん。でも遊びに行ってもいい?」
「内大臣殿か雅和の母君にお聞きなさい。良いと言われたら行ってもいいよ。」

すると東宮は中宮のもとに駆け寄って、小さな若宮の頬を触って言う。

「雅和の母上様、雅和が大きくなったら一緒に遊んでいい?」

中宮は微笑んで東宮に言う。

「東宮様は雅和のお兄様ですもの。誰も反対するものはいませんわ。必ず行く前に二条院に御文を書かれてから遊びにいらしてね。」

今度は皇后のところにやってきて姫宮の頬を触る。

「母上、孝子も連れて行っていいでしょ。ねえ。」
「まあ、孝子は姫宮ですのに?もうちょっと大きくなられてからね。」

帝は東宮の行動を見て微笑んだ。すると慌てて関白が御前にやってきたので、帝は皇后たちを後宮に行くように促し、下がったのを確認すると関白の言葉を聞いた。

「帝、側の者を遠ざけていただけませんか?」

帝が合図をすると、側についている者たちが下がっていった。下がったのを確認して関白は御簾の中に入って小さな声で帝に申し上げた。

「東宮様が当分の間滞在される予定の藤壺の床下からこのような物が・・・・。」

紙に包まれた物を帝に渡すと、続けて話し出す。

「これは人形。ただの人形ではありません。陰陽師に見せたところ、呪いの願掛けに使われる型の物。そしてこれが一緒に添えられていたものです。」

帝がその紙を開くと顔が青ざめた。

『怨 東宮雅孝様』

「すぐに陰陽頭をこちらへ・・・。」
「控えさせていますのですぐに・・・。」

陰陽頭を近くに呼び寄せると、詳しく人形について聞く。そして対処法を話し合うと都でも一番といわれる陰陽師を呼び、東宮に何事もないように対処させる。

「安倍殿、今のところ大丈夫と?」
「はい、東宮様には強い守護霊がついておられますので・・・。」
「これ以上何かが起こらないよう頼んだよ。誰か心当たりはないか・・・。」

関白も陰陽寮の者も首を横に振る。

「とりあえず、当分の間弘徽殿に東宮を・・・。」

帝は今参内している太政官を集め、この件について話し合った。
すると右大臣が言い出した。

「この中で一番怪しいのは内大臣ではありませんか?今日、中宮様が久しぶりに後宮に戻られたというのに来られていない。東宮が退位すると一番に得をするのは生まれたばかりの二の宮のいる内大臣。皆さんそう思いませんか?」

するとほとんどの太政官がざわつき、右大臣の意見に賛同をする。ただし関白と左大臣は反対の意を唱える。

「本日内大臣が休んでおられるのは内大臣殿の父宮のお見舞いによるもの。前々から聞いておりました。右大臣殿、あなたも怪しい面がございますよ。あなたの姫も入内されている。そして大納言殿、右近大将殿、式部卿宮殿・・・・。あなた方は決まっていた入内を急に白紙にされている。内大臣のみが怪しいわけではありません。調べもせずに勝手な事を帝の御前で言われるのではない。」

と関白が言うと、帝も続けていった。

「内大臣がそのような事をするわけはない。もともと内大臣にと勧めたとき、始めは中務卿宮として一生を終えるのが気軽で良いとお断りになった経緯がある。あの方は出世欲のない方だ。麗景殿が入内の際もあまり乗り気ではなかったし。私はあの方ではないと思う。ここのところ出仕もしておられないし・・・・。どうやって藤壷の床下に置けるというのか?今日はこの話はここまでにしたい・・・。何かわかれば報告を・・・。」

そういうと続々と太政官は下がっていく。すると左大臣は残り帝に申し上げる。

「この件は当家で養育しております東宮に関係あること、ちょうどうちの息子達が近衛府、衛門府におりますので、左大臣家が調査いたします。帝、時間をいただけますか。」
「わかりました、左大臣殿に任せます。内密に調査してください。何か必要なものがあれば、申し出ていただきたい。また政人や晃を使っていただいても構いません。そうそう、弾正台尹宮にも相談されたらいいと思います。きっとお役に立つ人物をお使いになるでしょう。よろしく頼みましたよ。」

左大臣は早速邸に戻り、自分の息子達と共に調査の方法を練っていった。とりあえず、滝口所に皇后の弟である衛門佐を宿直ついでにいかせ、数日不審な者がいなかったかと聞きにまわらせ、また内裏に出入りした者の調べをする。また、後宮に左大臣家縁の女官を入れ、徹底的に調べさせていった。

 数日が過ぎ、内大臣が出仕すると帝は内大臣を御前に呼んだ。

「内大臣殿、何か感じられましたか?あなたが宇治に行ってらっしゃる頃色々あなたに疑いがかかりましてね。」
「何かあったのですか?そういえば私が殿上するなり、殿上人がなにやら不審な視線で私を・・・。」
「今東宮が後宮に滞在しているのを知っておられますか?」
「いえ、こちらに来られるというのは聞いてありましたが、東宮御所の方に滞在されると思っておりました。それが?」
「それは本当の話ですか?」
「ええ、私はここ半月体調のあまり良くない父宮の側にいましたので、急についてこられることになった東宮様の滞在場所など知りませんでした。こちらに来られると知ったのも、中宮からの文で、文を読んだのは確か中宮が後宮に戻られる当日のはずです。」
「それは確かですか?」
「はい・・・当日文を持ってきた私の従者の源翔介に確かめていただけたら・・・。いったい何が?」

帝は少しほっとして今まで東宮の呪詛の話を内大臣に伝えた。内大臣は驚いて口を閉ざした。帝は即内大臣の従者に確認を取ると確かに内大臣の言うとおりであった。今度は左大臣が御前にやってきて、調べた内容を報告しようとする。帝は人払いをして報告の内容を記した紙を左大臣から受取ると、側に控えていた関白と共に読んだ。

『滝口所・・・人形発見される前日まで異常はなし。特に不審者もなし。
 該当日に内裏出入り者の中で、疑っておられる式部卿宮、右近大将関係者の出入りはなし。
 後宮に該当する縁の者・・・大納言家縁のもの一切なし。
 疑われる三家につきましては一切該当はなし。
 内大臣家・・・発見された日前後に内裏及び後宮に出入りした形跡なし。以上』

「よくここまで調べていただけました。感謝します。他の殿上人は調べましたか?左大臣殿。」
「もちろんでございます。ただ右大臣家のみはっきりしたことが掴む事ができず、悪い噂ばかり出てまいりました・・・。ただしこの件に関しての物は・・・。」
「引き続き右大臣について調べていただきたい。」

左大臣が下がると、関白が申し上げる。

「まさか右大臣殿が・・・。いくら出世のために手段を選ばないと言われた方でも・・・自分の首を絞めるような行為をなさるとは・・・。信じられません・・・。」

帝は脇息にもたれかかるとため息をついて考え事をする。

(あの人形に添えられていた文字・・・。どこかで・・・あまり印象はな
いけれど確か見たことが・・・。)

「どうかなさいましたか?」
「いや・・・この字、どこかで見たことがあるのですが・・・。関白殿はないですか?」
「いえ・・・このような字は・・・。」

帝は文箱を橘に持ってこさせると、今までの文を隅々まで見ていく。殿上人、役所、身内、最後に皇后、中宮、女御の文を一枚ずつ見比べていくとある一枚で帝の手が止まる。その一枚を握りつぶすと帝は立ち上がり、関白に言う。

「右大臣は参内しているのか?」
「はい、殿上しておりますが・・・。何か・・・。」
「これを書いた者がわかった・・・。今すぐ宣耀殿に参る。右大臣も呼ぶように!」

帝は、とても怒った様子で、宣耀殿へ向かった。宣耀殿に向かう途中、弘徽殿の前を通ると、東宮が飛び出してくる。

「父上、あそぼ、ねえ!」
「雅孝、父上は大事な御用があるから、摂津や萩と遊んでもらいなさい。摂津!萩!東宮を頼む!早く!」

摂津と萩は急いで東宮を抱いて弘徽殿につれてはいる。東宮の泣き叫ぶ声を聞きながら、帝は宣耀殿に急いだ。宣耀殿に入ると女御はきょとんとして帝の方を見つめる。帝は女御の前に座ると、紙を女御の前に置く。

「冬姫!これはあなたが書いたのですか!これがどういうことかわかってやったことなのですか!」

ちょうど右大臣が入ってきて帝の怒り様に右大臣は驚いて女御に言う。

「冬姫、帝に何をされたのか!事によってはこのまま連れて帰り、尼にさせる!」

女御は泣きながら言う。

「だって・・・だって・・・帝は私のこと・・・。お父様もいつも・・・。」

帝は右大臣に紙切れを渡す。紙切れの字を見て、右大臣は女御の筆跡であると確認する。右大臣は起こって女御の頬を叩いた。

「これはどういうことかわかっているのか!このような呪詛状を書くなど!冗談でも許されないこと!私はこのような姫に育てた覚えはない!」
「だってお父様はいつも帝が通われないのは私が幼いとか・・・言うじゃない!この前だって若宮様さえいなければと・・・だから私・・・。」
「父はそういう意味で言ったのではない!つい口が滑って、もしいなければお前は寵愛されたかもしれないとは言ったが決して若宮をどうにかせよとは言っていない!宮中を騒がしたのだからそれなりのことは覚悟しないと・・・。申し訳ありません!謝っても済むことではありませんが、お許しください。」

まだ帝の怒りは収まらず、急に立ち上がって清涼殿に戻ろうとした。

「帝!」

側についていた関白は右大臣に言った。

「えらい事をいたしましたな。これから帝を交えてあなた方右大臣家の処遇を審議致さないといけません。これは帝に対し謀反に等しい行いです。右大臣殿、姫君が勝手に起こしたとはいえ、覚悟は必要ですぞ!かわいそうなのは結姫だ。関白家が引き取っておけばよかった。亡き院、常仁様もさぞかし姫宮の行く末に嘆いておられるであろう。行く末を託された帝もきっと・・・。では審議が終わるまでここで待機されよ。」

そういうと関白は急いで清涼殿に向かっていった。右大臣はたいそう落胆して女御に怒る気もしなくなっていた。

「分家ではあるが、摂関家の流れをくむ右大臣家は終わったも同然。四の姫の行いひとつで、二の姫、婿の参議殿、三の姫、婿の頭中将殿、そしてお前とお前の母君、この私は罪人として死ぬまで指を指される。当家の使用人、縁者に至るまで・・・。ここまで苦労して登りつめた位が一気に水の泡・・・。はあ・・・。何をどう間違ったのか・・・。」

女御はずっと泣き崩れて自分が起こした行いの罪悪感に苛まれ、嘆き悲しんだ。女房達も皆、同じように嘆き悲しんだ。

 一方、清涼殿では五位以上の太政官右大臣家縁者以外すべてが招集され、今回のことに関して一から十まで説明をし、右大臣家の処遇を審議した。もちろん以後このようなことがないように厳罰にするという意見が多く、その方向で進んだ。問題は亡き院の姫宮で参議の養女である結姫の処遇であった。帝は何とか守りたいと前もって晃に結姫と結姫の乳母を関白家に移すようにすぐ対処し、審議が始まる前に結姫を内親王皇籍復活の宣下をした。おかげで内親王と宣下したので審議にはかからなかった。即、右大臣邸は反逆罪として門が閉じられ、右大臣や女御も右大臣邸に閉じ込められ、正式な処遇を待った。

 次の日になってもなかなか処遇が決まらなかったが、やっと決まったのはその日の夕方になった。帝の勅使が、右大臣邸を訪れ処遇を告げた。右大臣を始め女こどもは縁のない寺にて出家を言い渡し、他のものに関しては北へ南へ流された。もちろん女御は称号を剥奪され、大原にある縁のない寺に母君と共に預けられ、出家をした。一通り処分が終わると、空いた位はそのままずらす形で皆が昇進していく。内大臣は右大臣に、大納言は内大臣に関白の嫡男である中納言は大納言に昇進した。そして結姫は大納言の養女として迎えられ、帝の妹宮が大切に育てることになった。後宮はまた皇后と中宮のお二人のみとなった。



《作者の一言》

やってくれました^^;四の姫・・・。ほんとに冗談半分だったのでしょう・・・。でもこういうことは許されませんよ・・・。右大臣家は散々な目にあいましたが、他の人達は目の上のたんこぶがひとつ消えてうれしいのでしょうか?元右大臣家から見たら、東三条の左大臣家は怨みの根源なのでしょうか?大怖い怖い・・・。何事もない様に願いますよ^^;

ところで二条院の位置ですが、設定としては、嵯峨天皇が院として過ごした冷泉院のあたりにしています。ほんとに大内裏の真横です。東三条邸は三小路向こうほどしか離れていません。どちらも二条大路に面しています。近いといえば近いかな・・・でも歩いたら結構あるよね^^;

第39章 二つの命
 東三条邸に滞在中の帝は若宮と共に眠りについた。久しぶりに眺めるかわいらしい寝顔を見て、今日内裏に連れて帰りたいと思いながら、ぐっすり眠っている若宮の頬を触って微笑むと、若宮の部屋の表がまだ夜が明けきっていないにもかかわらず騒がしい。するとそっと何者かが入ってくる。

「何者だ・・・若宮はまだ就寝中である。静かにせよ。」

すると寝所の御簾に近付くとそっと申し上げる。

「橘晃でございます。」
「晃か、急ぎの用か・・・。」
「はい・・・。」

帝はそっと起き上げると若宮に単をかけて御簾から出てくる。そして几帳にかけていた単を肩にはおり、部屋の隅で橘晃の報告を聞く。

「申せ。」
「は、先程内大臣邸の早馬が参りまして、麗景殿中宮様親王無事出産とのことでございます。詳しい内容はこちらの内大臣殿からの文でご確認を・・・。」
「晃ご苦労。そこで少し待っていてくれないか。」

帝は橘に明かりを持ってこさせると、内大臣からの文を読む。

『少し中宮のご予定よりも早く親王が生まれてまいりました。少し小さめに生まれてまいりましたが、とても元気な産声で生まれてまいりましたので、皆安堵しております。しかし相当な難産であったため、中宮は直後気を失われ、何とか今のところ命には別状はないもののまだ意識が戻っておいでではありません。なんとも申し訳なく・・・。 内大臣 二条宮実仁』

この文を橘に見せると、帝は橘に助言を聞く。

「今すぐ行ってやりたいが・・・・。どうしたらよいものか・・・・。」
「そうですわね・・・少し覚悟が必要かもしれません。もともと麗景殿様はお体が弱く、体力も弘徽殿様ほどおありではありません。このまま産後の肥立ちが悪いうえに意識がお戻りにならないようでしたら・・・・。」
「そうか・・・このことは仲の良い弘徽殿には内密にせよ。晃、今すぐ馬を用意せよ!馬で今すぐ内大臣邸に参る。車では遅すぎる。早く!」

晃は下がり馬の用意をする。その間、帝は狩衣に着替え対の屋前の庭に用意された馬に乗って急いで内大臣邸のある二条院まで走らせた。

「開門!わが名は五位蔵人兼侍従の橘晃と申す。今上帝の至急のお出ましである、すぐここを開けられよ。」

門衛は急いで門を開け深々と頭を下げる。橘晃を先導に車宿に馬を預けて中宮のいる部屋に向かう。途中内大臣が帝を迎えると、とりあえず中宮の部屋は立て込んでいるという理由からか客間に通す。すると中宮つきの播磨が急いで客間にやってきて深々と頭を下げて申し上げる。

「誠に申し訳ありません!この私がついておりながら、中宮様があのようになられるとは・・・。」
「そなたが悪いのではありませんよ。今はどのような状況か?」
「実は・・・中宮様は双子を御懐妊だったようで、親王様は無事お生まれになりましたが、片方の内親王様は逆子のため出産後すぐにお亡くなりになりました。典薬寮女医に言わせますと、いまだ内親王様についていた胎盤が少々残っている様子で出血がひどくそのため意識が戻らないとのことでございます。」

帝は脇息にもたれかかってため息をつくと、真剣な顔で考え事をする。急いで女医がやってきて帝の前に座ると、深々と頭を下げる。帝は珍しく冷静さを失い女医に怒鳴りつける。

「女医というものが居ながらどうにかならないのか!侍医をこちらに呼べ!」

女医はいつも温厚な帝の態度におどおどしながら、申し上げる。

「恐れながら・・・われわれもできる限りのことはしております・・・。気を御静めに・・・。」

帝は脇息にもたれて肘をつき、涙を流す。帝は涙を拭うと、立ち上がって中宮の部屋に向かう。部屋に入ると中は静まりかえり、播磨が若宮を抱いて帝の前にやってきた。帝は若宮を抱くとまた泣き出した。

「この子は雅和と名づける。」
「そういえば帝もこれくらいの小ささでお生まれになりましたわ。きっと立派な親王としてお育ちになりますわ。」

帝は播磨に若君を渡すと、亡くなった内親王の亡骸を持ってこさせる。本来であれば、穢れを嫌うので帝には触らせないのであるが、どうしてもというので亡骸を見せるのである。亡くなった内親王は生きているのではないかと思うぐらいかわいらしい顔をしていた。

「この姫宮は少しでも生きていたのだろ。雅子内親王として内親王宣下をしよう。丁重に葬ってやってくれ。」

内親王の亡骸を女房に渡すと、帝は中宮の寝所に入られる。いまだ意識は戻っておらず、荒い息で眠り続けている。帝は白い中宮の手を握り締めると、その手を帝の頬にあてた。中宮の手は冷たく、今にも命の灯火が消えてしまいそうであった。

「播磨、外で控えている橘晃に東三条邸と、内裏に中宮の意識が戻るまで公務も何もかも取りやめにすると伝えよ。このままここに滞在し、中宮の看病にあたる。」
「しかし・・・。」
「権限は関白太政大臣に一任する。あと、生まれたがなくなった雅子内親王を内親王宣下し、喪に服すよう。」
「はい畏まりました。」

播磨は部屋の外で控えている橘晃に帝の言葉を伝え、橘晃は急いで馬に乗り関係各所に帝の言葉を伝える。もちろん内裏は混乱して予定されていた更衣や尚侍入内もすべて無期延期された上、生まれた内親王の逝去により、宮中は喪に服すことになり、様々な節会や宴は半年間すべて中止となった。もちろん東三条邸の皇后の耳にも入り皇后はお悔やみとお見舞いの文を帝と内大臣に送った。皇后はとても思い詰められたのか、夕方東三条邸より、二条院に急ぎの早馬がやってくる。

「帝に申し上げます。東三条邸の皇后様、御予定より半月早く陣痛が始まったようでございます。皇后付きと女医によりますと、夜半ごろお生まれになるとのこと・・・。」
「そうかわかったと伝えよ。あちらには摂津も橘もいるから心配ない。皇后も二度目の出産だ。生まれたら知らせてくれないか・・・。」

橘晃は深々と頭を下げると、東三条邸の使者に帝の言葉を伝える。

 夜半ごろ、帝はずっと中宮の側に付きで、綿に含ませた水を中宮の口元に当てて水分を与える。女房達が帝に食事を持ってきても口をつけずに、ひたすら中宮に付き添っている。すると橘晃は入ってきて御簾の側で申し上げる。

「どうした、晃・・・。弘徽殿のことか・・・?」
「はい、内親王のご誕生でございます。母子共に健やかという知らせでございます。どのように致しましょうか。」
「御料紙と筆を・・・。あとで届けて欲しい・・・。これを届けたら晃は帰っていいよ。政人と交代しなさい。お前もずっと寝てないのだろう。」
「いえ、これくらい・・・。」

御料紙と筆を受取ると、皇后にお祝いとお見舞いの文を書く。

『綾子、無事に生まれたようだね。本当ならすぐにでも会いに行きたいのですが、和子の容態が思わしくなく行けません。申し訳なく思っています。内親王の名前は孝子と名付けようと思っている。きっと雅孝は私のことを怒っているであろうね。  常康』

皇后に宛てた文を橘晃に託すと、また中宮の側についた。

 丸々二日経ち、夜が明けようとしているのか、隙間から微かな光が漏れてきた。やはり帝は一睡もせずに冷たい水に浸した布で中宮の汗を拭いたり、水分を与えたりして時間を過ごした。まぶしい光が隙間から中宮の顔に漏れると、少しずつだが、中宮は意識を戻しだした。帝は気がついて中宮の名前を呼ぶと、中宮は目を開けて帝の顔を見る。

「帝?」
「気がついた?ずっと眠っていたのだよ。さあ女医を呼ぼう。」
「帝・・・少し待ってくださいませ。私・・・。」
「何?」

帝は中宮の白い手を頬にあてて中宮の言葉を待った。

「私夢を見ましたわ。とてもきれいな野原に立っておりましたの。きれい過ぎて何だか先に進みたくなったのですが、突然小さな姫を抱いて品の良い直衣を着た帝によく似た方が現れて、帝が悲しまれるのでここから先は行ってはいけないと・・・。訳を聞こうとしても微笑まれるだけで・・・・。気がつくと帝が私のことを呼んでおられたのです・・・。」

(もしやそれは兄上と亡くなってしまった内親王ではないか・・・・。)

そう考えた帝は、中宮に優しく言う。

「それは私の双子の兄上かもしれないね・・・。兄上はあなたとの婚儀の日に病気でお亡くなりになられた。本当に私と瓜二つの優しいお方だよ。いつも品の良い直衣を着ておられた。中宮、女医を呼んできましょう。みんなとても心配しているよ。可愛い若宮も母君の事をきっと待っているに違いない・・・。」

帝は立ち上がって御簾から出ようとすると、中宮は帝に聞く。

「姫宮は?後から生まれた姫宮は?帝・・・。」

帝は一瞬立ち止まったが、そのまま何も言わずに近くに控えていた播磨に女医を呼ぶように命令する。慌てて女医は中宮の具合を見るとなんと不思議なことか、今まで弱々しかった脈は正常に戻り、産後の戻りも正常に戻っていた。その事を別室で帝に伝えると、帝は緊張の糸が切れたのか、突然倒れてしまった。ちょうど帝の寝ずの看病を心配して侍医が控えていたので、すぐに客間に運び診察すると、大変な高熱で意識も弱い状態であった。内大臣は慌てて客間に飛んできて侍医に帝の病状について問いただす。

「ご心配はございません。単なる過労と御見受け致します。丸二日も寝食もされず看病をされたのですから・・・・。二、三日ゆっくりお休みされて精のつくものを御召し上がられると、元通り元気なお体に戻られます。私も倒れられたと聞いた時は大変驚きましたが、中宮様が予想以上の回復様に驚かれ、一気に疲れが出たのであろうと思います。中宮様ももう心配はありません。処方いたしました薬湯を朝晩お与えください。また、中宮様も消化の良い物から順に食事をお出しいただき、とても栄養豊富なものをお召し上がりになればひと月後の床上げも可能でしょう。私はこれで・・・。何かあればお呼び下さいますよう・・・。」

そういうと侍医は典薬寮に戻っていった。内大臣は東三条邸から帝の乳母である橘を呼び寄せると、帝の側に付き添わせ、内大臣は内裏に報告のため参内する。丸一日眠り続けた帝は、眠りから覚めると熱も下がり、起き上がることができるようになったが、立ち上がろうとするとめまいがして倒れそうになった。

「帝、まだもう少しこちらにお世話になりましょう。中宮様の件で無理なさりすぎですわ。二条院からの知らせを聞き、橘はもう心配で心配で・・・。もちろんこのことは皇后様には内密にしておりますが、東三条の若宮様が珍しく駄々をこねられて・・・。」

帝は橘から受取った薬湯を飲み干すと、苦笑する。

「雅孝には本当に悪い事をしてしまったね。さぞかし怒っているのであろう・・・。」

橘はうなずき、薬湯の入った器を受取ると今度は重湯の入った器を帝に渡して言う。

「もちろんですわ。ここに来る時もついて来られると・・・・。駄々を・・・。新しくお生まれになった弟宮を見たいとも言っておりました。本当に二条院の若宮様は中宮様によく似たかわいらしい若宮様ですわ。姫宮様がすぐにご逝去されたことは残念でしたが・・・。東三条の姫宮様は皇后様に良く似ておられますのよ。先が大変楽しみで・・・。」

すると部屋の外で何だか騒がしい。

「中宮様!」
「和姫様!誰か!和姫様を御留め申し上げて!」

と外では女房達が騒いでいる。

少し経つと、小袖に単を着ただけの中宮が帝のいる部屋に飛び込んでくる。

「帝・・・・。」

橘は帝のいる御簾から飛び出して中宮を止める。

「橘局、帝に会わせてくれないかしら・・・。帝をこのようにしてしまったお詫びを・・・。」
「中宮様、さ、お戻りになられて静養を・・・。」
「少しでいいの、帝は気が付かれたのでしょ。私の口から帝にお詫びを・・・。」

すると帝は少しふらつく体でありながら立ち上がって、御簾を出て中宮のもとに向かい、そして中宮を抱きしめた。橘は急いで帝に単を掛け人払いをする。

「和子、ゆっくり横にならないと・・・。私はただの過労、たいしたことはない。」
「播磨からすべてを聞きました。姫宮のことも、帝が寝食もされずに私に付き添っておられたことも・・・。そしてそれがもとで倒れられたことも・・・。なんとお詫びしたらよいか・・・。」

帝は涙でいっぱいの中宮をさらに抱きしめ、額にキスをすると言う。

「ずっと一緒にとお約束したではありませんか・・・。この件で私は本当にあなたが私にとって大切な人であると痛感いたしました。妻は綾子ただ一人と思っていたはずなのにおかしな話ですね。さあ、お戻りなさい。早く元気になって後宮に戻ってきてくださいね。」

中宮はうなずいて橘に支えられながら戻っていった。

「晃か政人は控えているか?」

政人が帝の御前に現れると、政人から御料紙を受取り内裏に向けて文を書く。

『尚侍及び更衣の入内を白紙にせよ。もうこれ以上後宮に人を増やすつもりはない。内裏に戻るまでの権限は関白太政大臣に任せる。   今上帝 常康』

書き終わると政人に渡し、帝は寝所に横になる。またもや帝の急な入内白紙の言葉は宮中を混乱させた。



《作者からの一言》

双子ですね^^;もちろんこういうことは想定内なのでしょうね^^;実はこれを機会に和姫を抹殺しようと思ったのですが、なんとなく情が出て復活させました^^この雅和親王がお子ちゃま編の主人公になります。どうなるかはお楽しみ^^

さて、帝が死んだ内親王を抱いてますね^^;本来であれば、穢れるということで、触ったりしないのです^^;もちろん出産現場には安産祈願の僧侶や陰陽師が付き添いますので、死んだ内親王にお札か何かまじないつけた上で帝に渡したのでしょう。歴史上には最愛の妃を看取って亡骸を抱いて泣き叫んだという帝が実在します。もちろんこのような帝は異例中の異例ですが・・・。

第38章 若宮の成長
 もうすぐ皇后と中宮に御子が生まれるということで、皇后は左大臣家、中宮は内大臣家へ里帰りをした。もちろん皇后は久しぶりに東宮である若宮に出会えるというので、大変楽しみにしている。若宮は数え三歳となりしっかりとした言葉で、皇后をお迎えになる。皇后も大きくなった若宮を抱きしめ、大変可愛がった。

「母上、父上は?一緒じゃないの?」
「そうね、お父上様はご公務がお忙しいのでこちらにはお越しになられないのよ。雅孝、お父上様に母からお文を書きましょう。そうすればきっとお越しいただけますよ。もうすぐ弟君か妹君が生まれるのですからもう少しお兄様らしくなりましょうね。」
「はい!母上。雅孝も父上に何か書いてみたい!」
「そうね、いいことですわ、きっとお父上様もお喜びになられますわ。萩、若宮に御料紙と筆を・・・。」
「大丈夫ですか?」
「いいのよ、殴り書きでも若宮が書きたいといっているのだから・・・。」

文机に御料紙を置き、皇后は若宮の手に筆を持たせて書き方を教えると、若宮は袖や顔に墨をつけながらもすらすらと何かを書き出した。

「父上なの。」

御料紙には確かに人の絵が描いてある。まだ字が書けないので、絵で表現したようだ。

「雅孝は絵が上手なのね。母はこちらに文字を書きましょう。」

といって絵の隙間に内容を書き出した。

『常康様 若宮があなたに会いたい一心で初めて書いたあなたの顔です。出来るだけお暇を見つけて若宮に会いに来てやって頂けないでしょうか。帝というお立場上簡単に出歩くことは出来ないと思いますが、よろしく申し上げます。 綾子』

そのように書くと、庭に咲いている桜の花の枝にくくりつけて、萩に渡した。

「萩、必ず直接帝にお渡しするのですよ。若宮からの大事な文ですから。」

萩は早速内裏に向けて車に乗り出て行くと、今度は若宮が何か言いたそうな顔をしている。

「雅孝、どうかされたのですか?」
「母上、雅孝も字を書きたい。そして父上に母上みたいに文を書きたい。」
「そうね・・・大丈夫かしら・・・まだ早いかしらねえ飛鳥・・・。」

すると若宮の乳母飛鳥が皇后に申し上げる。

「いえとんでもございません。私の長男はもう三つで字を書くことが出来ましたので、やる気のある若宮様ならきっと上達されますわ。若宮様は本当に何もかも飲み込みがよく、先が大変楽しみなお子様ですわ。私と長男の隆哉で若君様に字をお教えいたしますので、ご安心くださいませ。」

飛鳥の家系は代々大学寮で博士の大江家であるので、若宮より五歳年上の隆哉は三歳で字をすらすら書き、漢学やいろいろな文学を八歳で習得しているたいそうな天才児で、いつも勉強の傍ら、若宮の子守役も務めている。少し運動には疎い点はあったが、若宮はたいそう気に入って隆哉の言うことはよく聞き、一緒に本を読んだりしている。字を読めるからか、若宮の字の上達はさすがに早く、ひと月ですらすらと字が書けるようになった。

 皇后が里帰りしてひと月の間、毎日のように若宮は帝に催促の手紙をお書きになる。帝も始めはミミズのはったような字が日に日に上達していくのを見て、大変喜んで、暇を見つけては若宮に文の返事をされる。毎日届く文を、関白や左大臣にうれしそうに見せるのが日課になっているので、関白は帝に左大臣邸に一泊していらしたらどうかとお勧めした。そして好き日を選んで若宮に文を出した。

『雅孝へ 父は明後日、雅孝のいる東三条邸に訪問いたしますので、楽しみにしていなさい。そして一泊できるのでゆっくり遊んだりいたしましょう。 父』

という文を政人に託して若宮の返事を待つと、早速とてもうれしそうな文字で返事が返ってくる。一方雅孝は、紙に帝と遊びたいことや話したい事を楽しそうに書き綴って皇后に見せた。

「まあ、雅孝。このようなことができる時間があるのかしら・・・。よほどお父上様が来るのが楽しみなのですね。母も楽しみですわ。さあ習字のお時間ですわ。隆哉が待っておりますよ。」

若宮は隆哉が待っている若宮の部屋に書き綴った紙を握り締めて走って帰っていった。若宮は昂った気持ちを抑えきれず、部屋に入るなり隆哉にしかられてしまった。

「若宮、廊下は走るものではありません。いいですか、明後日父上様がおいでなのでしょう。それまでに少しでも文章を書けるように練習しましょう。」
「はあい・・・隆哉。」

若宮は渋々文机の前に座り、学問の本を見ながら文章を写し書きしていった。乳母の飛鳥は若宮の姿を見てなんと素直でいい若宮なのかと微笑んだ。

 ついに帝が東三条邸に訪問する日がやってきた。家中帝を受け入れる準備のため大忙しのようで、隆哉も裏の手伝いに回っていた。若宮は皇后の部屋にきて落ち着きない様子で皇后に甘えていた。皇后も若宮のかわいらしい表情に顔を和らげ、若宮の頭を撫でる。

「雅孝、ほら母のお腹を触ってごらんなさい。お腹の御子もお父上様ご訪問を心待ちにしているのですよ。」

若宮は皇后のお腹に手と耳を近づけると、お腹の中の子の心臓の音と、時折動く感覚があり、さらに皇后のお腹を撫でて言う。

「僕が兄上だよ。弟かな、妹かな・・・弟なら一緒に遊んであげるよ。妹なら物語を毎晩読んであげる。早く生まれないかな・・・。早く会いたいな・・・。」
「まあ、雅孝・・・あまり急かすといけませんよ。でももう少ししたら会えますからね。あと他のお家にもあなたの妹か弟が生まれるのよ。一気に二人のお兄様よ。また生まれたら会いに行きましょうね。」
「うん。雅孝はきっといい兄上になるよ。」

すると表で騒がしくなり、気がつくと帝が立っていた。

「父上!」

そういうと若宮は帝に走って飛びついた。

「雅孝、久しぶりだね。本当に大きくなられた。つい綾子と雅孝がゆっくり話していたのでそっと入ってきてしまったよ。さあ、何して遊ぼうか。」

すると若宮は先日書き記した紙を取り出して帝に見せると、その中から選りすぐって遊びだした。皇后は帝の久しぶりに清々しい表情を見て、微笑んだ。



《作者からの一言》

天才肌の東宮雅孝親王。大好きな父や母の気を引きたいがために一生懸命努力している健気な若宮です。

帝の行幸は大変なことです。受け入れる側も大変だと思います。この東三条邸は内裏からそう遠くはありませんので、行き来はそう大変ではないでしょうが、お付の者達総動員になると思うのでその方が大変です^^;

第37章 三人目の入内
 春がそこまでやってきた立春の前ある日、予定よりもだいぶん早くに右大臣家の四の姫入内の儀式が行われた。やはり右大臣が時期を早めた様で表向きは出産のため里帰りされるお二人の妃様との顔合わせのためとなっていた。もちろん裏向きは急いで入内させて思惑通りに皇子を懐妊していただくという右大臣の考えからである。

もちろんこの三人目の入内で、他の大納言殿や右近大将殿たちは自分の娘達もと考え、この春以降続々と尚侍やら更衣として後に三人ほど入内される。近年稀に見ない利発で姿かたちの良い帝であるのでこれほどの入内があって当たり前そしてこれほどの数は異例ではないということで、有力公達の入内争いはとりあえず収まったが、もともと綾姫以外は妃にしないと断言していた帝は、まあ和姫は良いとして他の姫君たちの入内を渋っており右大臣家の冬姫以降は形だけの妃として扱うよう心に決めていた。そしてこの右大臣家冬姫の入内により、和姫は女御を改め中宮に就いた。冬姫は宣耀殿を賜り、宣耀殿女御として扱われることになった。

 常寧殿に帝と御簾を挟んで皇后と中宮が座り、その下に女御が座った。

「綾子、和子、こちらが今度女御になられた右大臣家の四の姫冬子姫だよ。」
「まあ、なんてかわいらしい姫君ですこと。常康様、そういえば以前こちらの女房に大変お世話になりましたわね。私の女房の桔梗と共に・・・。」

帝は右近少将時代、綾姫と密通するために四の姫の女房桜を使ったことがあったことを思い出す。

「そういえばその様な事がありましたね。当時綾子に会うのに必死で藁をもつかも気持ちで妹と思っていた四の姫の女房を勝手に使ってしまっていたね。冬姫、あの時はすまなかったね・・・。あなたの女房を巻き込んでしまって・・・。」

すると女御は驚いた様子で言う。

「騒動の件は知っておりましたが、その様な事があったことなんて知りませんでした。」

中宮は何があったのかわからなかったようで、帝に伺う。

「何がありましたの?帝の少将時代に?」

帝は照れた様子で中宮に言う。

「もともと内大臣殿はそのような世間話を話すようなお人じゃないし、あなたは内大臣殿の箱入り娘でいらしたので、私と綾子の一騒動はご存じなかったようですね。また改めて和子にお話しますよ。」
「和子様いろいろありましたのよ。駆け落ち寸前までね・・・。」
「まあ帝も綾子様も・・・。でもきっと物語のような素敵な恋だったのでしょうね。」
「それはどうかわからなけれど、とりあえず今日からこの女御があなた方の仲間入りされるので、よろしく頼みますよ。そして綾子や和子が里帰りの間あと三人ほど後宮に入られる。」
「まあ和子様お聞きになった?」
「ええ綾子様。なんて心の広い帝なのでしょう。感心いたしますわ。」

お二人の嫌味な言葉に帝はあわてて常寧殿を出て行った。もちろん帝の状況をわかった上での言葉なので、皇后も中宮も帝の行動に和やかに笑っている。それを見て女御はいろいろお聞きになる。そのお聞きになる内容が姿形のわりになんとも子供らしい内容であることにお二人は驚かれる。

「皇后様、中宮様、その大きなお腹?・・・。」
「もうすぐ生まれるのですよ、帝の御子が・・・。私は二人目ですが、和子様は初めての御子様ですもの。二人で内親王ならかわいらしくて良いわねと楽しみにしておりますのよ。冬子様も時がくればわかりますわ。」

女御はもうひとつ理解できない様子でお二人の大きなお腹をじっと見つめる。もちろんこの女御はお妃教育に関するものすべては完璧なのですが、ただひとつ懐妊に関することはまったく初心でいるのを、お二人はなんとなくわかった。お二人は女御が下がった後に女御の話をする。

「もしかして冬子様って・・・御子は神様が運んで来られると思っておいでなのかしら?物語のように仲良く床を一緒にするだけで出来ると思っておいでなのかしらね・・・。」
「なんとなくそう思いますわ。今夜どうなさるつもりかしら・・・。あのような子供子供されておられるのですから・・・。ちょっと興味がありますわね綾子様。」

そういうとお二人は楽しそうに笑った。もちろんお二人が察知したように女御は結婚とはどういうことなのかまったくわかっていないのは明らかなのです。

 婚儀の夜が訪れ、帝の宣耀殿お渡りがある。新調された直衣を着込み宣耀殿に向かう。女御も真新しい小袖を着て帝のお渡りを待つ。女房達はそわそわして緊張感が宣耀殿中に広がっていた。女御は乳母に心得をいわれていた。

「冬姫様、よろしいですね。帝に気に入っていただけるよう、帝の行為を拒否されずすべて受け入れなさいますようお気をつけください。今までお父上様が、冬姫様のためにご教育されてきたことを無駄になさらないように・・・。」
「芳野・・・帝の行為って?」
「ま、おとぼけに・・・今日帝と結婚されるのですよ・・・。まあ、間もなくおいでですわ。」

というと女御の寝所から下がっていく。すると帝が宣耀殿に入ってきたようで、さらに慌しくなり騒がしくなる。

「ご苦労、下がってよい。」

橘以外の女房が下がり帝は寝所の前に行く。

「橘、いつもの時刻に起こしてくれ。」
「承知しました。」

橘が帝の直衣一式を脱がせ側にたたみ終わると、下がっていく。下がったのを確認して、帝は女御の寝所に入っていった。女御は深々と頭を下げて形どおりの挨拶をする。

「冬姫は今日いろいろあってたいそうお疲れでしょう。さあ顔を上げていいよ。」

女御は顔を上げて帝を見つめ、帝は女御を引き寄せると女御は何が何だかわからない様子でじっと不思議そうな顔で帝を見つめる。帝は少し気になったが、女御の唇にキスをすると、女御は驚いた様子で帝を離す。

「どうしたのですか?冬姫。」
「だってお兄様、いえ・・・帝。口をふさがれると苦しいのですもの・・・。」

帝は少々あきれた様子で、微笑む。

(なるほど、綾子が言っていた事ってこういうことか・・・。いくら礼儀作法などは完璧でも、こういうことはまったく知らないとは・・・まあその方が。都合がいい。)

「冬姫、私はもうあなたの兄上ではないのですよ。まったく血の繋がりはないし・・・。」
「でもずっと親王となられる前は私のお兄様でしたもの。裳着の前からずっと遊んでいただいていたもの。」
「そうですね・・・。あなたにとって私は最近まで兄上でしたものね。よく元服前に貝合わせや碁をして遊びましたね。さ、今夜は眠くなるまで何をしましょうか。橘に何か持ってこさせましょう。」

女御はうなずくと、帝は上に単を羽織り、寝所を出ると橘を呼び出した。

「橘、皇后のところに皇太后から頂いた珍しい絵巻物があったであろう。それを持って来てくれないだろうか。」

橘は不思議そうな顔をして弘徽殿に向かい皇后の許しを得ると、絵巻物全十巻を持って宣耀殿の帝の元へ届けた。帝は橘から受取ると寝所に持ち込んで女御と一緒に夜が更けるまで読み明かすと、いつのまにか女御は眠っていた。精神的に幼い女御の顔を見ながら帝は眠りについた。三日三晩かけて絵巻物全十巻を読み終える。

 次の日、帝は皇后に借りていた絵巻物十巻を返しにいき、婚儀の話をすると、皇后はわかっていたかのように微笑んだ。

「あのような物知らずの姫がいるとは知らなかったよ・・・。本当に助かった。」
「まあそのような姫も稀にいますわ。きっと右大臣様のお妃教育が徹底されすぎたのでしょうね。次はそうは行かないと思いますよ。覚悟なさいませ。」
「綾子は本当にはっきり物を言われる・・・。次は尚侍と更衣なので別に夜の御召やお渡りは無くていいのだよ。また何か借りに来るかもしれないけれど、いいかな。」
「ご遠慮なく。和子様にもそう言っておきますわ。」
「助かるよ。」

そういうと借りていた絵巻物を返して清涼殿に戻っていった。

清涼殿に戻ると、右大臣が機嫌悪そうな顔で待ち構えていた。帝は嫌な予感がし、とりあえず昼御座の座ると他の者を遠ざけた。

「何か御用でしょうか右大臣殿・・・。」

すると御簾近くまで近づき申し上げる。

「女御付の女房芳野に聞きました。この三夜一度も姫に手をつけられてないとのこと・・・。それどころか、絵巻物を一晩中見ておられるなどと・・・。そこまでこの私を蔑にされるおつもりでしょうか?」
「別に蔑にしたわけではない。あまりにも幼すぎる姫に手をつけるなど・・・。今日も雛遊びをしようと約束したところです。とてもかわいらしい姫君だ・・・。」
「帝が女御と雛遊びとは・・・。」
「麗景殿が持っているたいそう立派でかわいらしい雛があるのです。麗景殿はそれを宣耀殿にお譲りしようといっています。また弘徽殿にもさまざまな読みきれないほどの物語やとても綺麗な貝合わせもあります。何か?」
「いずれはと考えてよろしいのでしょうか?」
「まあそれはあなた次第という事でしょうか。もういいですか、これくらいで・・・。」

右大臣は苛ついた状態で御前を後にした。もちろん邸に戻ると邸の者に当り散らしていたことは言うまでもない。



《作者からの一言》

ほんとに世間知らずの姫、右大臣家四の姫冬子。もう立派なお年頃なのに・・・。そのおかげで関係を持たなくて済んだ帝・・・。それどころか妹のように可愛らしいと思っているのです。本当に子守り状態^^;でもこれが悲劇を生むのですが・・・。

第36章 右大臣の嫉み
 年が明け、帝にとって初めての新年が慌しく過ぎていった。七日の青馬節会が行われ、帝にとても姿のよい青馬の駿馬を献上し御覧になる。帝はとても喜んで、宴を臣下に賜る。弾正尹宮はだいぶん都の生活に慣れてきたようで、他の公達とも楽しく話をするようになる。
特に関白殿の嫡男である中納言とは仲がよく、毎日のように殿上の間で話をしているくらいだ。すると二人が話していると自然に公達が集まりだし和やかな雰囲気となっていた。

「本当に弾正尹宮様は以前の噂とはまったく違ったお方になりましたね。」
「そうですよ。私など、父上にいろいろ言われましたが、とんでもない。」
「昨年末に再婚されて落ち着かれたのでしょう。さぞかし麗しい姫君と聞いております。」

弾正尹宮は少し照れた様子で公達たちの話を聞いている。そこへ右大臣が話に入り込んでくる。右大臣は弾正尹宮の北の方が誰であるか知っているので、弾正尹宮に嫌味を言いに来たのだ。

「どのような姫かは言いませんが、所詮使い古しの姫ではありませんか・・・。親王とあろうお方がそのような姫と再婚など・・・。」

弾正尹宮は少しむくれた様子で、やんわりと言い返す。

「どなたが前のご主人かは言いませんが、いやいやご結婚されてやっと離縁できたというかわいそうな姫君です。もともと私と妻は相思相愛の間柄でした。私の大事な初恋の姫君です。たとえ使い古しといわれましょうとも、お互いの気持ちが通じ合えばそのようなことは関係ありません。そして今までの長い間御懐妊は一度だけと聞きましたが、今うちの妻は懐妊いたしております。愛があれば過去のことなど・・・・。」

右大臣以外の公達は弾正尹宮と北の方の相思相愛ぶりを羨ましく思ったようで、さらに和やかな雰囲気となった。条件付の離縁であったが、祐子姫を一応大切に扱っていた右大臣は嫉ましく思った。それでも出世欲のために手放した祐子姫のことが忘れられず、ますます弾正尹宮のことを疎んじ何かギャフンと言わすいい案はないかと考える右大臣なのだが、親王という立場を考えると何も出来ずにいた。とりあえず今は自分の四の姫の入内の件が先であると感じそちらを何とかうまくいかせ、帝に気に入っていただけるように姫に更なるお妃教育をさせようと意気込んでいた。



《作者からの一言》

「再会」の続編というか番外編です^^よく考えてみると、祐子姫はこの時代でいう超高齢出産になります。この二人には若君が生まれるのです。もちろん甥っ子の帝に瓜二つな・・・。だって、宮は帝の父君と同腹の弟、祐子姫は帝の母と双子の姉妹で瓜二つなのですから、帝に煮た若君が出来てもおかしくはありません^^;またこの若君はお子ちゃま編ででてきます^^

第35章 再会
 右大臣の四の姫の入内内定と日程が決まり、無事離縁した右大臣の北の方は実家である関白邸に戻った。ちょうど皇太后も関白の一人息子である中納言に降嫁した内親王に会いに来ていた。

「幸子、今年の豊明節会は盛大に行われるらしいわ。帝にとって初めての大新嘗祭の後だし、特に帝のお二人の妃様が安定期に入られ、お久しぶりに出席されるというから、あなたもいらっしゃいと帝も仰せよ。祐子もいらっしゃいね。」
「お姉さま・・・。いいのかしら私そのような身分のものが宮中に上がっては・・・。」
「何を言うの。あなたは関白である兄上の妹姫よ。以前は右大臣の北の方だったけれど、皇太后である私の妹。帝も是非と仰せです。決して右大臣と顔を合わさないようにするとも・・・。一緒に行きましょう。もう明後日ですのよ。衣装などは私がすべて用意いたしましたので安心して。楽しみね。」

祐子姫は少し遠慮がちで返事をする。

 当日、祐子姫は皇太后と一緒に参内し、豊明殿の一室に通される。皇太后は席をはずし、祐子姫は一人その部屋にいると、後ろで人の気配がする。祐子姫が振り向くと、扉のところにある男が立っていた。祐子姫はあわてて扇で顔を隠すと、几帳の陰に隠れた。

「申し訳ありません、部屋を間違いました・・・。橘晃殿、こちらではないようだが・・・。」
「いえ弾正尹宮様、帝がこちらにご案内せよとのご命令です。」

(弾正尹宮さま・・・。弾正尹宮様といえば先の帥の宮・・・。)

祐子姫は驚いて扇を落とす。

「しかし、帝がこの私に会わせたい人がいると・・・。」

すると弾正尹宮の後ろで声がする。

「叔父上、とにかくお入りください。」
「帝・・・。」

帝と弾正尹宮はその部屋に入ると、祐子姫のいる几帳の前に案内する。

「叔父上、先日会っていただきたい人がいると申しましたが、こちらにいらっしゃる方です。叔母上、例の人物をお連れいたしました。私は邪魔なのでこれで・・・他のものが五節の舞を楽しんでいる間、ここは誰も来ないよういたしておりますので、ゆっくりお話ください。さあ晃行こうか・・・。」

帝は橘晃とともに五節の舞の開かれる会場に向かった。残された二人は少しの間沈黙していたが、祐子姫が言い出した。

「弾正尹宮いえ、常盤様?もう二十年以上前のことですので私などお忘れでしょう。もう私はあの時よりも歳を取って恥ずかしくて常盤様に合わす顔などありません。」
「祐子姫、何をおっしゃいますか、私もあの時より同じように歳を取りました。しかし几帳の奥から感じる麗しさは当時と変わっておりません。」
そういうと、弾正尹宮は几帳をどかすと祐子姫を抱きしめる。
「やはり思ったとおりのお人だ。ずっと元服し出仕し始めた頃より想っていた祐子姫に間違いはない。当時と変わりませんよ・・・祐子姫。」
「いえ、常盤様との結婚をお父様に反対され、無理やり当時の近衛大将様と結婚していろいろあった私が当時のままなど・・・ありえません。」
「そのようなことはありませんよ。あのままの純真な姫そのものです。右大臣殿と離縁されたそうですが、よろしければ二十年越しの求婚を受けていただけますか?」
「このような私でよろしければ、お受けいたします。」

その言葉をきいて弾正尹宮は祐子姫を再び強く抱きしめた。二人は今までの長い期間を取り戻すかのようにゆっくりと二人きりで話などをして過ごした。

「祐子姫、このまま私の邸へ来ていただいてよろしいですか?何もない殺風景な邸ですが、あなたのような麗しい華がいらっしゃるだけで邸は華やいでくるでしょう。」
「常盤様、もう浮名を流されるようなことはないのですか?」
「こうして祐子姫が私の側にいていただけるのなら、そのようなことをする必要などありません。安心して私の邸にいらっしゃってください。」
「しかしお世話になっているお兄様にもこのことを・・・。」

すると五節の舞いが終わり帝より宴を賜ったようで、表がざわついている。二人は離れて座った。ちょうど橘晃がやってきて、間もなく帝と関白がお越しだと言う。それを聞いて、祐子姫は几帳の後ろに座りなおし、帝と関白が来るのを待った。

「弾正尹宮さま、帝のお越しでございます。」
二人は深々と頭を下げると、帝と関白が入ってきた。そして上座に座ると、話し出した。

「叔父上、叔母上、懐かしい話などゆっくりされましたか?」
すると、弾正尹宮は関白に言った。
「関白殿、妹姫であるこの祐子姫をこの私にいただけないでしょうか。今日にでも・・・。」
「そうだね、一応出戻りの妹だが、祐子がいいのであれば好きにすればいい。祐子姫、あなたはいいのですね、この方で・・・。」
「はいお兄様。また反対されることがあっても私はこの常盤様ではないと嫌です。」
「わかった。弾正尹宮殿、この妹のことよろしくお願いしますよ。一生幸せにしてやってください。決して離縁や浮気など許しません。わかりましたね。祐子姫、この私からのお祝いとして、お道具一式新調させていただくよ。出戻りとはいえ、今日からあなた方は新婚生活に入られることだし、すぐには用意できないが。」

お二人は関白に感謝の気持ちを述べて、一緒に弾正尹宮の邸に戻って行った。

「伯父上、あれでよかったのでしょうか?」
「よかったのでしょう。あのように幸せそうな祐子姫の笑顔、初めて見ました。祐子姫には本当に遠回りのことをさせてしまった。もう弾正尹宮も浮名を流すことはないでしょう。それよりも、帝。右大臣の四の姫の入内のことが問題です。」
「そういえばその様な事があったね。忘れていたよ。ひと騒動ありそうだけど、何とかなると思うよ。何とかね・・・。」

そういうと帝は苦笑して清涼殿に戻っていった。もちろん関白の心配事が耐えないことに違いはないのですが・・・。

 もちろんお二人が末永くお幸せに過ごされたことは言うまでもありません。




《作者からの一言》

やっとのことで結ばれた二人・・・。本当に遠回り・・・。幸せになってください。

ところですっかり四の姫の入内を忘れてしまっていた帝。呆れてしまいます。関白の心配事が耐えない理由がわかります^^;
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さくらと空 
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