4年生、2年生のねえねと、幼稚園児の双子っちのいるママです。アメブロで発表している小説の倉庫として使っています。お好みの物があるかわかりませんが、覗いてくださいね^^ ご感想お待ちしております!

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第124章 新婚生活と康仁帝の意向
sayako

年が明け、宮中は喪中であるが、祝賀儀礼を除き新年早々儀礼がある。今日は元旦であるので、群臣はみな束帯を着て豊楽殿に集まり元旦節会を行うことになっている。いつものような華やかな祝宴はないが、とりあえず昼過ぎに出仕して形だけの節会と宴をして帰ってくることになっている。

泰明は彩子と共に朝ゆっくり邸で元旦を祝い、元旦節会のための出仕の準備を整える。今回彩子と結婚をし、新しい家庭をもったことで、束帯から宿直服に至るまで、新調した。彩子は泰明の女房に命じて束帯の準備をさせる。侍医ではあるが、従五位下である泰明は緋色の束帯に和気家の紋の織り模様が入った表袴やあこめを着ける。彩子は泰明の束帯をしっかり着付け、着付け間違いがないか、何度も何度も確認する。

「新調したてなのできっと苦しいかも・・・。どうかしらね・・・。」

すると泰明つきの女房が言う。

「北の方様、さすがにお上手で・・・。これでしたら型崩れはしないでしょう。」

彩子は女御時代に更衣のいない帝のために日常の直衣をはじめ、節会の礼服に至るまで着付け、手馴れている。

「泰明、本当に苦しくない?苦しいようだったらもうちょっと緩めるけれど?」
「ええ、大丈夫です。でも彩子、あなたは早く横になりなさい。」
「え?どうして?体調は悪くないのに・・・。」

泰明は微笑んで言う。

「気づいていないの?」
「何?」
「じゃあ言うのはやめておこう。もうすぐわかるから・・・。」

車の準備ができたので乗り込もうとすると、彩子がふくれっ面で泰明を引き止める。

「彩子、何ですか?」
「教えてくれないと離しません。」

泰明は微笑んで言う。

「月の穢れが来ていないでしょう。それに気づく私も私だけど、やはり職業柄気になってこっそり夜中に脈と触診を・・・。彩子は懐妊していますよ。初めての懐妊じゃないから気づいていると思ったのだけれど・・・。彩子は今のところ兆候はないけど、流れやすいから出来るだけ安静に・・・。前回の懐妊の主治医はこの私だったんだよ。あと安定するまで内密に・・・では行って来ます。」

懐妊を知った彩子は顔を赤くして泰明を見送る。彩子は泰明の言われたとおり、寝所に横になる。

 泰明は典薬寮に着き、伯父である典薬頭と出会う。いつもと違う泰明の表情に気づいた典薬頭は泰明を呼び、問いただす。

「何かいい事があったのかね。泰明は、仕事中はあまり表情を見せないけれど・・・。今日はなぜか嬉しそうな・・・。」

泰明は部屋の隅に典薬頭を連れて行き、皆に聞こえない声で言う。

「伯父上、彩子が懐妊しました。まだわかったばかりなので公言できませんが・・・。彩子も気が付かなかった程ですし・・・。彩子は二度、先帝の御子を流しておりますので、安静にさせています。ですから公言は・・・。特に帝のお耳には・・・。」
「そうだね、五の姫宮様のときも六の宮様のときも流産の兆候があったと聞く。そのほうがいい。しかしどうして帝には知られてはいけないのか?」
「帝は良く私をおからかいになられるので・・・。未だ御子の授からない帝からしたら結婚すぐに授かった私をきっとおからかいになるでしょう・・・。」
「なるほどね・・・。さて、節会の時間だ・・・。節会が終わり次第、すぐに帰ってやりなさい。宿直は私が代わってやるから・・・。」

泰明は典薬頭に礼を言うと、一緒に豊楽殿に行き帝出御の節会に参加した。節会後は例年通りの宴ほどではないが、宴会が行われる。典薬頭は早く帰れと合図をすると、泰明はそっと宴を抜け出し、邸に戻った。

彩子は何事もなく、安定期に入り梅雨時期になるとおなかが目立ってきた。あと三ヶ月で生まれてくる。少しずつだが、出産の準備を始める。彩子の女房達は産着を縫ったり、おしめを縫ったりしている。いまだ泰明は彩子の懐妊を公言していないらしい。もちろん宮中ではプライベートをまったく話さない泰明であるので当然である。あまりにも家庭の話をしないので、仲が悪いのではないかという噂が何度も流れた事があったり、勘違いする女官が、泰明に恋文を送ったりすることもある。もちろん恋文や贈り物に関しては相手が傷つかない程度に丁重に断り、宿直以外の日はさっさと用事を済ませて帰っていくので噂はデマであると皆は納得する。もちろんもともと恥ずかしがり屋で口数が少ないからでもあるが・・・。

梅雨はやはり気が滅入る。彩子は庭に植えてある紫陽花を見つめながら、泰明の帰りを待つ。いつもならばもうこの時間には帰っているが、雨のために帰りが遅いようだ。それとも急患か?

「北の方様・・・。」
「何?」
「あのお客様がお見えなのですが・・・。」
「まだ殿は帰ってきていないわ。どなた?」
「中務卿宮様と申されております。」

中務卿宮とは現内大臣であると彩子は首をかしげる。とりあえず宮様ということで、寝殿に通すように命じ彩子は着替える。

「まだ殿はお帰りではないから、私がひとまず挨拶に伺うといってちょうだい。」

彩子は寝殿に向かい、客人に挨拶をする。

「せっかくお越ししていただいたのにも関わらず、当家の主人はまだ戻っておりません。代わりに私がご挨拶に・・・。」
「そんなに堅苦しいことはしなくていいよ・・・彩子。」

彩子は顔を上げると驚く。

「院???」

元夫である院がやってきたのである。

「なぜ中務卿宮と?」
「あれ?和気殿は言っていなかったのですか?今年正月の臨時の除目で決まったのですよ。まだまだ邸で籠もっているような歳ではないからね・・・。まだ小さい宮もいるから再び無理をいい慣例を破って出仕しているのですよ・・・。もともと私は中務卿宮として出仕していたから・・・。本当に泰明は何も言わないのだね・・・。」

院は微笑み経緯を話す。

 院は父院が亡くなり、譲位の後から考えていたことを帝に告げる。
「父上、今なんと?」
「臣籍に下らせてくれないか?例がなかったではない・・・。」
「まだこの歳で隠居というのもね・・・。まだ小さな宮たちもいる。だから出仕させてほしい。内大臣であるあなたの伯父が兼任している中務を任せていただけると嬉しいのだが・・・。以前私は元服当時中務卿宮として出仕していたことだし・・・。」

帝自身、父院に東宮のことで大変な借りがある。しょうがなく正月五日の臨時除目で院の中務卿宮就任を発表するなり、宮中は驚き、対応に戸惑う。特に戸惑ったのは中務省であり、先代の帝が出仕してくる日、皆は院を出迎え慌てまわる。

「久しぶりだね・・・。大輔殿・・・。20年ぶりにこの中務に戻ってきたが、あなたもお変わりない。」
「いえいえ、宮様。私などもうそろそろ引退をしようかと思った矢先、宮様が中務卿宮に復帰されると聞き、引退を取りやめこうして・・・。」
「本当にこちらは懐かしい・・・。あなたは元服直後の私をよく指導して下された。1年程の任期であったが、あの頃が懐かしい。お願いがあるのだけれども、いいかな・・・。」
「はい。なんなりと・・・。」
「先帝とはいえ、今はもう臣籍に下った身。気を使うなと皆に通達してほしい。私も堅苦しいのは嫌いでね・・・。帝から禄を頂く以上、きちんと仕事をしたい。形だけの中務卿宮ではいたくはないのだよ。」
「はい・・・。そのように中務のものに伝えます。」

院は微笑むと、早速職務に付く。この院の朗らかなで人懐こい性格は皆を和ませ、緊張をほぐしていった。今ではもう、この院は中務卿宮として定着し、きちんと仕事をこなしているのである。


「本当に泰明は仕事のことは何も言わないようだね。宮中でもまったくあなたの名前さえ出ないよ。ちょっと心配なくらいだよ。で、幸せなの?」

彩子は微笑んでうなずくと、院は安心した様子で微笑む。

「院、泰明がなぜそれほどまで口数が少ないのにも理由が・・・。私に仕事のことを言わないのは、たぶん私を心配させまいと思ったからでしょうか・・・。しかし家のことを言わないのは、帝に理由があります。帝はいつも泰明をおからかいになると聞きます。婚儀の夜に、急な呼び出しがあったのも・・・泰明は私には何も言いませんが、なんとなくわかるのです。ああ今日は言われたなとか・・・。」

院は驚きの表情で言う。

「そうか!そうなのか・・・。度々何もないのに和気を呼びつけ何か話して帰らせるのは・・・。その時はいつも溜め息をついて典薬寮に戻っていってね・・・。これで疑問が解けたよ。なるほどね・・・。」

彩子は女房に命じて何か口にするものを持ってこさせる。

「北の方様、何をお持ちいたしましょう・・・。」
「そうね、この宮はお酒を召し上がりにならないので、水菓子や菓子類をお持ちして・・・。」

彩子は立ち上がる際におなかを気にしながら立ち上がることに院は気になり聞く。

「あれ?懐妊しているの?」
「はい。秋口には生まれます。ところで今日はどうしてこちらへ?」

彩子はおなかを気にしながら座り、微笑む。

「こちらの邸ができ、あなた方の所顕を兼ねた宴に呼ばれていたのだけれど、父上が亡くなり、喪に服していたからお祝いできなかった。だから今日の佳き日に遅れながらお祝いに来たのだが、しかし泰明は遅いね・・・。」
「まもなく帰ってくると思います。家のものに呼びに行かせましたので・・・。」
「そう・・・ちょっと遅いね・・・また帝に引き止められているのかな・・・。」

すると表が騒がしくなったので、彩子は立ち上がって車止めを伺いに行く。やはり泰明は疲れきった表情で戻ってくると、彩子に荷物を預けて寝殿に向かう。

「客人とは珍しいね・・・。彩子、誰?」
「中務卿宮様です。」
「え!!!!」
「私、院が臣籍に下られたことなど知りませんでした・・・。恥をかきましたわ。」
「すまない・・・でも言っていなかったっけ?」
「いいえ・・・。結婚してから何も。」
「・・・。」

泰明は寝殿の前に着き、座って頭を下げると、院の側による。

「遅かったね泰明殿・・・。帝に引き止められたのかな・・・。あなたの北の方に聞いたよ。」
「はあ・・・。今日は何か?」
「あなた方のお祝いに来たのですよ。喪に服していたからあなた方のお祝いもできなかった・・・。秋には子供が生まれるようだね驚いたよ。和気殿は家のことをしゃべらないからね・・・いつまで内密にするつもり?」

泰明は苦笑して言う。

「いつかは言わないとはいけないですね・・・。別に知られてはいけない懐妊ではありません。」

院は贈り物を渡すと、二人は礼を言って受け取る。

「和気殿、やはり帝は少しあなたに嫉妬しているようだね・・・。私から注意しておくよ。でも和気殿に子が生まれるとわね・・・。北の方も安心だ。優秀な和気殿が側にいるから・・・。男の子ならいいね・・・。和気殿、もう少し家の話をされてはいかがですか?付き合いが悪いと言う者もいる。もし帝が口を挟むようだったら言いなさい。あれでも私の息子だからね・・・。さ、帰るよ。」

泰明は院を車まで見送る。泰明は見送ったあと、寝殿に戻って束帯を狩衣に着替えると、彩子と話をする。

「泰明、院に言ってはいけなかったかしら・・・。」
「別に構わないよ。私も今まで家のことや仕事のことを言わなかったのが悪いのだから・・・。まあ院に知っていただきたので何とかなるといいけれど・・・。」

泰明は彩子を側に寄せて今までのことについて謝罪をする。

 侍医和気泰明の妻彩子が懐妊し、秋口に生まれてくることは皆知ることとなった。皆は泰明に対して、お祝いを述べ、そして色々聞いてくる。もちろん以前とは違い、朗らかな顔をして、話に耳を傾ける。

(やはり和気殿は御子が出来るというので、変わられたね・・・。)
(そうそう、最近は例の北の方との惚気話まで言うようになったしな・・・。)
(北の方とは例の先帝、中務卿宮様の?)
(そうそう・・・。東宮の御生母だ。ややこしいことだねえ・・・。)
(そういうことであったから今まで家庭のことは公言しなかったのではないか?)
(後宮の和気殿を狙っていた女官達はみな北の方の懐妊を聞き嘆いたそうだよ。)
(本当に、和気殿はまじめで浮いた話のない今時珍しい者だからな・・・。あ、噂をすれば・・・。)

帝の夕方の診察を終え、退出する泰明を、噂をしていた者達が声をかける。

「今日はこれから宿直ですか?和気殿の麗しい北の方のご様子はいかがでしょう。」
「これは中納言様方。妻はまずまずですね・・・。もうそろそろ準備をしようと思っているのです。来月末に子が生まれますので・・・。宿直も今回以降は当分控えさせていただこうと・・・。では失礼します。」

足取り軽やかに内裏を退出する泰明を見て、皆は不思議そうな顔をして退出の準備をする。最近は泰明が家庭を公にし、幸せそうにしているのを見てか、それとも父宮である中務卿宮の意見があったのか、なぜか帝は嫌味を言う事が少なくなった。典薬寮に戻り、宿直装束に着替えると、帝の診察日誌と、他の公卿達の診察日誌をつけ始める。泰明は毎日のように自分が診た患者一人一人の症状から処方、治療内容まで事細かく自分の日誌にまとめている。結構、医学書に書かれていない事が事細かく書かれているので、わからないとき、読み返すのに便利である。また誰に見せてもいいように図も書きわかりやすく書くようにしている。この日誌は泰明が医師を志した頃から書き続けているのである。

「今日は何もなく終わりそうだな・・・。」

と泰明は書き物を終えると、典薬寮の自分の部屋で横になる。そしてうとうととしているときに誰かが部屋の前まで走ってくるのに気が付き起き上がる。

「侍医和気様は御在室ですか!」
「なに?入っていいよ。書き物は終わったから・・・。」

泰明は散らかっている文机を片付けて扉を開ける。

「何?」
「和気様、お邸から急ぎの文が・・・。」

泰明は文を受け取り、読むと顔を青ざめ、持って来た典薬寮のものに言う。

「今日は誰が宿直か!侍医以上の者で残っているものは?」
「助様が残業されていますが・・・。」
「わかった・・・助様に会って今すぐ邸に戻る。」

泰明は典薬助の部屋に行き、声をかける。

「丹波様、まだ居られますか?」
「うむ。もう少しで帰るが・・・。和気か?入っていいぞ。」

泰明は部屋に入ると、土下座をして言う。

「丹波様、突然ですが、宿直を今すぐ交代していただけないでしょうか!」
「何ですか急に・・・。」
「あの、私的なことで申し訳ありませんが、妻が破水いたしまして・・・。今すぐ邸へ戻りたいのです。」
「なに???まだひと月以上先ではないか???早く帰りなさい!宿直のことはいいから。早く行ってあげなさい。」

泰明は典薬助に礼を言うと、仕事道具を抱えて従者が乗ってきた馬を借り急いで邸に戻る。泰明の女房の中には女医の技術を持つ者が数人いるので、万が一何かあったときには最悪なことは避けられるが、経験の浅い者たちばかりなので心配でならないのだ。邸に着くと、泰明は治療用の白装束を上に着ると早速彩子の部屋に向かう。

「どれくらいの破水だ。」
「結構な量が・・・。今はもう出ていませんが。」
「当たり前だ、もう全破水してしまっている。陣痛は?」
「いえ。ありません・・・。」
「困ったな・・・。今から子を出すから、産湯の準備を。薬草庫へいって今からいう処方の薬草で薬湯を作ってくれ。早くな。」

泰明は突然のことで放心状態になって横になっている彩子の側に座り、角盥の水で丁寧に手を洗い、彩子に声をかける。

「彩子、大丈夫だから・・・。陣痛はない?」
「少しだけ・・・。子供はどうなるの?」
「大丈夫・・・。任せたらいい・・・。」

泰明は彩子を診察し、おなかの具合を触診する。案の定羊水は出てしまっており、早く出さないといけない状態である。宋の国では何度かこのようなことを経験しており、最悪の場合は帝王切開をしたこともある。もちろんここにはそのような事が出来る用具もないし設備もない。帝王切開をしたといっても、助手として付いていただけで、実際の執刀はしていない。女医の知識がある女房が、泰明が処方した薬湯を持ってくると、彩子に飲ませる。

「これは陣痛を促す薬湯だから飲みにくいかも知れないけれど、全部飲んで・・・。思ったよりも子供が下のほうにいて助かった・・・。最悪のことはなさそうだ・・・。」
「本当に大丈夫?」
「落ち着いて。針も打つから・・・。」

泰明は針を取り出し、陣痛が来るように針を打つ。泰明は額に流れる汗を女医の女房に拭いて貰いながら、今までの中でも最も経験の浅い産科の処置にあたる。何とか薬と針が効いてきたようで、陣痛が始まった。順調に子供も下がってきており、何とか帝王切開を行わなくても済みそうだ。泰明は彩子の手を取り言う。

「私はここまでしかできない。後は女医の知識を持つ者達にやってもらう・・・。もう少しの我慢だから・・・。私は寝殿に戻って生まれるのを待つよ・・・。」
「うん・・・。」

泰明は立ち上がると寝所から出て、すのこ縁に腰掛け、白衣を脱ぐ。

「何かあったら呼んでくれないか・・・。」
「はい。たぶん大丈夫でしょう・・・。あとは逆子ではないことを願います。」
「うんそうだね・・・。また予定日までだいぶん早いから、生まれたらすぐに呼んでくれ・・・。子の診察は私が行うから・・・。」

泰明は白衣を手に持ち、寝殿に戻る。寝殿では狩衣に着替えると、脇息にもたれかかって、心配そうに生まれる時を待つ。

(そういえば蘭の母は蘭を開腹出産で・・・。あれは出来るだけやるもんじゃない・・・。あの手術のおかげで命を落としたようなものだ・・・。)

やはり泰明は待っている事が出来ずに、彩子の北の対の屋までいき、白衣を着てすのこ縁の階に腰掛け、月を眺めていた。今日は満月。雲ひとつない満月だ。明るい光が泰明を包み込む。すると人影が浮かび上がる。

「誰だそこにいるのは!」

泰明は庭に下りてその人影のほうへ歩み寄る。

「お前は・・・。」

そこに立っていたのは亡くなったはずの蘭の母である。蘭の母は宋の言葉で泰明に言う。

「あなた・・・あなたの腕なら大丈夫。きっと可愛い赤ちゃんが生まれてくるわ・・・。あの姫は私の可愛い蘭を大切にしてくれているのです。きっと私があの姫と子供をお守りしますから・・・。」
「宝玉姫・・・。私はあなたをあの時助ける事が出来なかった・・・。」
「いいえ、あなたに出会えなかったら私は大好きなあなたと結婚して蘭を産む事が出来ずにあの時病で死んでいた。感謝しているのよ。あなたに出会えて、そして短い間でしたが、幸せで・・・。会えてよかった・・・。」

消えていく蘭の母の姿を見て涙を流し立ち尽くす。

「侍医様、そちらに居られましたか?お生まれになられました。」
「え?」
「ですから、若君のご誕生でございます。母子共に健やかで、早くおいでくださいませ。」

泰明は驚いた様子で走り出し、彩子と生まれたばかりの若君のもとに向かう。泰明は綺麗に手を清めると、彩子と若君の診察をする。若君は小さく生まれたものの、何も悪いところはなく健康そのもので、スヤスヤと眠っている。

「彩子、よくがんばったね・・・。一時はどうなるかと思ったけれど・・・。」
「はい、都いちの侍医様が側にいてくれたから・・・。泰明がいなかったらきっとこの子は生まれてこなかったでしょう・・・。」
「うまくいってよかったよ・・・。一番経験の浅い医術だからね・・・失敗したらどうしようと実は思ったのですよ。冷や冷やものでした・・・。自信がなくて・・・。ところで早く生まれすぎて、乳母の用意が・・・。」

彩子は微笑んでいう。

「私この子を自分の乳で育てるわ・・・。乳母は必要ないの・・・。さっきも乳のやり方を教えてもらったの・・・。そうしたらこの子も飲んでくれて・・・。この小さなお口でよ・・・一生懸命・・・。とても可愛らしい・・・。名前は?」
「早すぎて考えていなかったよ・・・。また考えておく。そっか・・・男の子か・・・。」
「これで和気家を継ぐ者が出来てよかった・・・。」
「うんそうだけど、今度は姫を産んでほしい。産んですぐにで悪いけれど・・・。」

泰明は生まれてきた若君をじっと見つめながらいつの間にか眠っていた。三人並んで眠っている光景は急な出産で疲れきっていた女房達を和ませた。まもなく夜が明けようとしている。

 夜が明け、泰明は疲れているのか、まだ白衣を着たまま眠っている。若君が泣いても起きないくらいだ。彩子は起き上がると若君に乳を与えながら、横になって休んでいる泰明を見て微笑む。女房が、泰明を起こそうとしているのを見て、彩子はいう。

「寝かせてあげて・・・。きっと大変疲れているから・・・。本当に昔と変わらない寝顔・・・。」

彩子は若君を女房に預けて、また横になる。若君は満足そうな顔をして再び眠った。日が昇りきり、部屋が明るくなると、彩子は泰明に声をかける。

「泰明、いつまで寝ているの?もう立派な若君のお父様なのに・・・。」

泰明は治療着のまま眠っていたことに気が付くと、起き上がって彩子に苦笑する。

「彩子・・・。あ!伯父上に報告を忘れていた!」

泰明は慌てて彩子の寝所から出て寝殿に戻ろうとすると、泰明の従者が泰明に言う。

「侍医様、ただいま典薬頭様が寝殿にてお待ちに・・・。」
「ああ、丁度良かった・・・。」

泰明は急いで寝殿に戻り、入り口の前で慌てて白衣を脱ぎ、女房に渡す。

「伯父上、おはようございます。」
「丹波に聞いたよ。北の方が破水したそうだな・・・で、様子は?」

泰明は微笑んで言う。

「伯父上、未明に生まれましたよ。」
「で、どちらだ?」
「男です。大変小さく生まれましたが、何事もなく健康な子です。」
「おお、それは良かった・・・。」

泰明は典薬頭に彩子の詳しい経緯を話す。典薬頭は、知識はあっても経験はないので、興味津々な表情で、話を聞く。そしてうなずきながら感心する。

「今のところ子は何事もなく過ごしておりますが、小さいため急に何があるかわかりません・・・。ですので十日ほど、休みを頂きたいのですが・・・。」
「そのほうがいい。で、名前は何にするのだ?いつまでも名無しではいけないだろう・・・。」

泰明は悩みながらひとつの名前を出す。

「泰大(やすひろ)はいかがでしょう。私の一字に大きくなってほしいので「大」をつけて・・・。」
「やすひろか・・・。いい名前だ。典薬寮のものにはお前の休暇の件を言っておくよ。もう少し大きくなったら『やすひろ』を見せてくれよ。では私は出仕してくる。」

典薬頭は泰明の肩を叩き、微笑みながら泰明の邸を出て行く。泰明は紙に筆で若君の名前を書くと、嬉しそうに北の対の屋に入り、彩子や女房達に若君の名前を見せる。すると蘭が女房に連れられて入ってくる。

「父様、母様、弟が生まれたって聞いたの。蘭は弟が欲しかったのよ。」
「蘭、いいよ入っておいで。ずいぶん小さな弟だけど、姉であるお前がちゃんと守らないといけないよ。」
「うん。」

蘭は寝ている若君の側に寄り、嬉しそうに小さな頬や手、足を触ってみる。

「母様、本当に小さくって可愛い弟だね。母様に似ている?それとも父様?」
「姫、まだわからないわ・・・。でも可愛い弟君ね。やすひろって言うのよ。」
「やすひろ?やすひろかあ・・・。」

蘭は微笑みながら小さな若君を眺める。午後になると様々な人々からお祝いの品が届く。もちろん中には中務卿宮からの祝いの品が入っている。泰明は一つ一つ確認して一つ一つ丁寧にお礼を書く。そして従者に届けさせる。

 十日が過ぎ彩子は、もう起きて泰明の出仕準備を手伝う。泰大は生後十日がたち、何事もなくすくすくと育っている。泰明はいつもどおり朝餉を済まし、顔を洗ったり、女房に髪を結いなおしてもらうと、彩子は女房が準備した束帯一式を順に着付けていく。やはり彩子が着付けた場合は型崩れが少なく、見た目もきちっとして見える。いつも女房達は感心して、着付けの仕方を教わる。

「彩子にはいつも感心するね・・・。彩子が着付けると、きちっと着付けても苦しくない・・・。誰に上手に習ったの?」
「誰かしらね・・・。宮中で色々な方に教わったから・・・。院の乳母様かしら・・・それとも小宰相?まあ誰でもいいけれど・・・。」
「彩子、まだ産後日が浅いから昼間は出来るだけ横になってください。育児も程々に・・・。ではいくとするか・・・。」

彩子はいつもどおり、泰明の仕事道具を持って、車の前まで見送ると、一言声をかける。

「今日から出仕再開ですので、お祝いをしていただいた方々に改めてお礼を・・・。」
「わかっていますよ。」

泰明は彩子から仕事道具を受け取ると、車に乗って大内裏へ向かった。典薬寮に着くと、今までの急な休みのお詫びと、お祝いをもらった人にお礼回りに行く。皆は予定日よりも随分早い誕生に心配して、様々な殿上人から声をかけられる。もちろん帝も同じように泰明に聞き、泰明はきちんと報告する。

「和気殿、嫡男が生まれてよかったね。これで和気家も安泰だ。本当に母子共に大丈夫なのだね?」
「はい。はじめはどうなることかと思いましたが、無事生まれ、今のところ何も異常はありません。」
「それは良かった・・・。さすが和気殿・・・。あのような状況で冷静に対応できるとは・・・。」
「いえいえ、私も経験の浅いことでしたので・・・。まあ私にとってもいい経験になりました。」

帝は人払いをして泰明を御簾の中に入れ、他のものに聞こえないような小さな声で話す。

「東宮のことなのだけど・・・。」
「東宮様??」
「先日相撲節会で久しぶりに対面してね、驚いたよ・・・。ますます私に似てきてね・・・。やはり私の子であると実感するようになった・・・。泰明が以前私に言ったように結婚して三年。安子との間に子は出来ない。一度懐妊したがすぐに流れたことだし・・・。土御門の女御とはそういう気にはなれないし・・・。土御門女御は苦手だ・・・。だから私の隠し子である良仁を正式に私の子として親王宣旨したい。でもきっと父上は許さないだろうね・・・。和気殿の北の方にも迷惑がかかる・・・。臣下のものの中には最近疑いを持つものも出てきた。和気殿、どうだろうか・・・。」
「それはおやめください。未だに妻は夜中うなされる時がございます。あの時のことはもう一生妻から消えない心の傷となっております。ですからさらに傷を深めるようなことは・・・。やっと先日子が生まれ、落ち着いてきたのです・・・。」
「そうだね・・・。でも、私は思うのだよ。良仁が物心つく頃には譲位しようと思う。」
「どうしてでしょう・・・?」
「やはり私は父上と違って何をやってもだめな帝・・・。体もあまり強くはない。」
「早まらないでください。」
「ではあなたの北の方を、東宮が五条邸から御所に移ったとき、お借りできないだろうか・・・。御生母としてではなく、いち女官、そしていち教育係として・・・。もうそろそろ小宰相が隠居を考えているようなのだ・・・。小宰相の代わりに・・・。もちろんあなたの若君も連れてくればよろしい。良仁の遊び相手として・・・。まあまだまだ先の話になるのだけれど・・・。これは私のためではなく、東宮のためである。母がいない寂しさはあなたが良く知っていることだろう。もちろん私も十歳の時に最愛の母をなくし、母の面影を追い求めてきた。だから母にそっくりなあなたの北の方に想いを寄せ、あのようなことになってしまった。」
「考えさせてください。まだまだ時間があります。私にとっても妻は最愛の妻なのです。一度宮中に上がったらなかなか邸には帰れないでしょう。ですから・・・時間を・・・。」
「そうだね・・・まだまだ先のこと・・・。すまないね・・・。下がっていいよ。」

泰明は御簾から出て退出する。典薬寮に戻ると、自分の部屋に入り溜め息をつく。いくら東宮のためとはいえ、彩子が東宮御所に出仕するなど、きっと彩子は断るに違いないと泰明は思った。

もちろんこれは帝の本心ではない。


《作者からの一言》
この時代の医師は白衣のようなものを着るのか知りません。時代劇で医師は割烹着のようなものとマスクのようなものをつけていたりしますよね・・・。そのような格好だと思っていただけたらよろしいのかと・・・。きっと着たに違いない・・・。でないとお衣装が血で汚れたりするでしょう?医学的なことはよくわかりませんので突っ込まないでください^^;

最後の帝の本心?それは後ほどわかることとなります。そろそろおとなしくしていた帝の行動開始です。

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